文化保存と国家

昨日の投稿で、伝統を保存するためには自由は必要であると主張した。ただし、自由と言うのは、国家によって放置されることと同じではない。自国の伝統を重んじて、維持を支持したい政府も存在すると思えるし、選挙で伝統を支持する政党に投票する国民も少なくないと思える。過半数になるかどうかは選挙によって異なるが、伝統を大切に思う人が存在するのは否めない。そう考えれば、国家や自治体の行政は、どうすれば良いのだろうか。

まず、重要な一点は、行政が伝統の変更を求めてはいけない。求めるだけで圧力を与えるので、伝統を歪曲させる恐れがあるからだ。影響をなるべく与えないように努めるべきだ。

ここで、国民の権利を論じていない。それより、行政がした方が良いことについて考えている。禁止しない限り、行政には一つの伝統を支持する権限があると思う。民主主義の国で、過半数はキリスト教を応援したければ、応援しても国民の弾圧にならない。他の宗教を禁じれば、それは問題になるが行政の行動でも私の理想と私にとって許せる行動が異なる。

さて、理想的な行動を考えれば、行政はどうすれば良いか。行政の支持に依存する伝統は危ういと思わざるを得ない。行政の支持抜きになくなる伝統は、行政が支持を廃止すれば存続できない。それでも、政府の政策や方針が変われば、支援を廃止することはあり得る。それに、支援を廃止する鼓動は許すべき範囲に入る。人には、他の国民の税金によって特定な伝統を支援してもらう権利は一切ない。だから、伝統の維持に努める人の常の目的は、行政の支援から自立することであるべきだと思う。自立できれば、伝統を滅ぼすために政府は人権に違反しなければならないので、その行為に躊躇する政治家は少なくないと思う。それに、憲法などでその存続権利を保障できる。行政の支援が死活問題になれば、保障はもうできない。

この事実を踏まえて、政府も伝統が支援に依存しないように努めたほうが良い。幸い、適切な支援法がある。

伝統は、時々危機に直面する。それは後継者問題にせよ、必要な道具の災害での流失や焼失にせよ、人気が一時的に落ちた時点で施設の大規模修繕が必要となるにせよ、乗り越えられなければ、伝統だその時点で消滅する。ただし、このような危機には、行政は援助できる。道具の調達に助成金を提供したり、後継者の臨時優遇を支援したり、設備の修繕費を担ったりすることだ。危機を乗り越えた伝統は、広報に努めて周りからの支援を集めることはできる。

もちろん、そうしても支援は捻出できない伝統もあるので、そのような伝統はなくなるだろうが、危機で支援をもらえれば、より長く存続できるのではないかと思う。


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