家族の休日

家族の祭祀を行うために、時間は必要である。家族が皆揃って集まれる時間を確保するのは、現代の社会では難しい。だから、家族祭祀を促進するために、家族の休日を定めた方が良いと思う。

家族の休日は、その家族に限った休日の制度だ。家族に年間に一回の休日を、家訓で定めて届け出るのが制度の基本になる。家族の休日は公表になる原則は良いかと思うが、少なくとも雇用先や学校などに公表される。

休日の設定には複数の方法があると良い。一つは、新暦の月日である。もう一つは、新暦の月日に近い金曜日か月曜である。(他の曜日でも良いが、その二つには人気が集まるだろう。)そして、旧暦の月日で設定できる。他の暦も認めるべきだ。すぐに思い浮かぶ例はイスラム教の暦だ。キリスト教のイースターの定義はややこしいが、毎年回ってくるので、認めるべきだ。(定義は、春分の日の後の次の満月の後の日曜日である。)

認められた暦は多様であっても、別の日に祭祀を執り行いたい家族もあるだろうから、毎年月日を変更することも認めるべきだ。ただし、この休日は他の人に影響を及ぼすので、その変更は該当する年の前の年の三月末までに届けなければならないことにしなければならない。(つまり、該当する年度が始まる前に、少なくとも9ヶ月前に決めなければならない。)

家族の休日には、家族の人には学校も仕事も休む権利が与えられる。(義務ではない。)学校では、大きな行事や重要な試験は家族休日をなるべく避けて行う義務を課す。完全に避けるのは無理だと思える。(学校の中で、どの日でも少なくとも一人が家族休日になる可能性は高いからだ。)その問題を解決するために、重要な試験などを二回行うことを基本とするべきだろう。その方針にはもう一つの利点がある。一回目に病気になった人は、二回目で受けられることだ。仕事で、出張などで事実上無理にする行為も違法とする。

家族休日にも振替休日を認めた方が良い。つまり、国立の休日と同じ扱いか、それ以上尊重する扱いになる。

この制度が実現されたら、家族休日が集中することは予想できる。例えば、お盆にする人は多いだろう。そして、大型連休をさらに延長するために定める人は少なくないはずだ。他の休日と組む家族も予想できる。そして、大きな宗教の祭日に合わせることもある。イスラム教でラマダンの祭日を定める人も多いかもしれないし、キリスト教でクリスマスかグッドフライデーか。

重要なのは、全ての家族にはこの一年に一回の休日を与えることだ。平等に与えれば、雇用の差別とつながらないからだ。そして、家族の休日は家族によって違うので、友達と過ごせないことは多い。そのため、家族で過ごす傾向が強化されると思える。

現実的な影響に加えて、このような具体的な制度で国家が家族の重要性を認めたら、国民の考え方に影響を与えるに違いない。個人主義の蔓延に歯止めをかけるだろう。