家族の離籍と除籍

家族の一員であることが義務をつれてくることとすれば、個人の自由を保つために離籍の自由の保障しなければならない。基本的な方法は、離籍の権利を保障することだ。離籍することで、義務を免れるからだ。ただし、離籍は簡単なことではない。

まず、元の家族との関係の全てを絶縁することだ。離籍すれば、戸籍から削除され、新しい戸籍に現れる。法律で、親が親ではなくなる、配偶者が配偶者ではなくなる、子供が子供ではなくなる。独身の成人が親と離別したくなったら、これは問題にならないが、他の場合もある。未成年の子供がいる場合をもう少し先送りしたいのだが、重要な問題だから、後日にちゃんと論じるつもりである。

問題になる状態は大別して二つになるだろう。一つは、人の一部との縁を保ちたい場合で、もう一つはその家族との縁を保ちたい場合。

他の人との縁は保ちたかったら、方法がある。一緒に離籍して、そして一緒に戸籍を組む方法だ。一人一人の同意が必要となるが、特別な措置はなくても可能である。それでも、特別な措置を構えたほうが良いだろう。具体的に、縁を組んだ日々が変わらないような措置だ。新しい縁を組むことになったら、例えば結婚が再婚になる。それは法律上意味はないとしても、歴史を正確に反映しないので結婚の本当の長さを反映するような措置をとるべきだろう。幸い、複雑ではない。ただ組として離籍して、その組の中の関係を別な戸籍で保つようにすれば良いと思う。もちろん、数ヶ月の余地を許すべきだ。全く同時にできない事情があるからだ。そして、余地が過ぎ去っても、家庭裁判所で縁の復活を認めてもらえる規則も良い。

これで実践問題が発生すると思える。例えば、イさんがロさんとの縁を保ちながら、ハさんとニさんとの縁を切りたいとしよう。しかし、ロさんは、ニさんと絶縁したいが、ハさんと縁は保ちたい。ハさんは、ロさんと縁を重視するが、イさんと絶ちたい。この場合、できない。しかし、これは法律の問題ではない。このような関係で、誰も自分の好みの関係を保つことはできない理由は、人間関係にある。家族を重視することでこのような問題が浮き彫りになると思えるが、これこそは個人主義の巻き返しになる。関係は個人と個人の間だけではなく、個人と家族の間である。

家族自体と関係を保ちたい場合は更に難しい。この理由は、家族の財産と関係ある場合も想像できるが、家族の歴史とも関係する場合がある。まずは、財産以外のことは、離籍してから同じくできる。同じ家訓を使うことはできるからだ。(家訓は著作権の対象外にしなければならない。措置として、家訓として登録する際著作権を放棄することを条件とする。)それでも、同じかぞくではないので、それを惜しむ人は少なくないだろう。少なくない状態を目指しているし。

その場合、ある人を除籍することになるだろう。もちろん、前述のようなややこしい関係になったらそう簡単にできないだろうが、一人を除籍したいこともあるだろう。これで、家訓には全会一致の条件はなければ、家訓に従って除籍できるのは原則だ。

しかし、これで止まるわけにはいかない。除籍された人は、除籍してほしくない場合もある。その場合、どうすれば良い。原則は、団結は自由なので、それはある人と組まないことも自由にする。だから除籍を禁じてはならない。一方、家訓によって家父長には独裁的な権力が与えられる場合、家族の他の人が不服する方法を認可するべきだと思う。これも、家庭裁判所に不服の申し出をすることで、家父長の決断の取り消しを求める。もちろん、その人以外の全員の同意で除籍された場合、裁判所で勝利することは少ない。

鉄則で人の自由を完璧に保障することはできないので、裁判官の裁量にも任せる部分がある。ただし、離籍する権利は、絶対的に保つべきだ。ある人には嫌な縁を強制するために、極めて強い理由が必要不可欠。未成年の子供がいる場合、そのような理由があるかもしれないので、次にその問題について論じる。