家族と婚外子

家族を重視する法制があれば、婚外子が大きな問題になる。欧米のように個人を重視する制度で、特に問題にならない。親は結婚しているかどうかは、登録や法律上の権利とは関係がないからだ。しかし、家族を重視すれば、状況が違う。

基本的な問題は今までの説明から明らかだろう。一人の人間は一つの家族にしか属しない制度だから、婚外子は母親の家族にも父親の家族にも属することは出来ない。そして、扶養する義務の相続する権利も家族を単位として決める方針だったので、婚外子の相続権利がなくなる。それに、片方の親からの扶養を受ける権利もなくなる。現実を見たら、父親の方の扶養義務がなくなることは多いだろう。もちろん、出生届の時点で父親の家族に属するように届け出ることを可能とする法律は必要だ。その男は生父であることを保証する必要はそもそもない。今論じてきた制度で、血縁と家族との関係は必然的な存在ではないので、男の同意があれば、男の子として登録させる。それは、男は結婚している場合でも認める。その場合、配偶者の同意は必要としない。なぜなら、女性が浮気して婚外子を産んだら、夫の勝手な決断で子供を除籍させることは許せないからだ。

このような方針があれば、新生児の自由な養子縁組を容認することになる。本当の父親であることを保証する義務がないと、養子が欲しい人は、出生届の時点で自由にできるからだ。しかし、未婚の父親にしか遺伝子関係を証明する義務を付けるわけには行けないので、血縁関係を必要とするつもりであれば、結婚している夫婦でも遺伝子検査によって子供の父親を証明するように指摘しなければならない。そうしない限り、同じ家族でも母親の子にしかならない。これは明らかにまずいので、養子縁組の自由化の方の理由になる。

ここで問題を考えれば、ある家族の形が浮上する。それは平安時代の日本の伝統的な形だが、この制度に応じない。この制度で、結婚しても妻が実家のままにして、実家の家族の一員となる。それでも、子供が夫の家族に入る。一応、子供を父親の家族に登録することは可能だが、このような形で結婚は不可能。より一般にすれば、別々の家族に属する男性と女性は、二人で一人の子供の親になれない。

家族を重視する制度の目的は、家族に重要な役割を付けることだ。家族の形式を制限することではない。そして、他の投稿で述べたように、重なる絆は社会的に重要だから、家族の絆が重なれば、原則として良いことだ。しかし、そうすれば「家族」とは何かという問題が浮き彫りになる。家族が存在すれば、財産や事業を許すのは良いと思うが、家族の定義や本質をもう少し考察しなければならない。

だから、このテーマを暫くの間ここで置く。更なる考察が終わったら、また投稿する。


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