唯物論と魂:科学の言及

魂は、脳の物質の動きから発生すると科学者によって広く言われる。最初に言えば、私もそうだと思うが、普通に疑う余地はないように扱われている。私は、疑う余地があると思うし、話題として重要であるとも思うので、ここでその余地について語りたいと思う。

疑えない理由として、科学の発見によって、もう物質では魂の余地はないと言われる。物理的な過程を考察すれば、物の動きの全ては説明できるので、魂が口の動きを変えて発言にさえ影響は及ぼせないと思われる。

これについて前以て言わざるを得ないことは、科学の理論が変わることだ。200年前の理論は大きく修正された。だから、現在の理論で魂は存在できないとしても、将来の理論に戻る可能性は除外できない。しかし、これは現時点で疑う理由に当たらない。疑う理由には、間違いがあると思うための何らかの根拠は必要だ。

一般に、その理由はある。物理学で2大理論がある。それは相対性理論と量子論である。ただし、一般相対性理論と量子論の間に矛盾があり、片方もしくは双方を根本的に修正しなければならないのは確実だ。この修正案をライフワークとする物理学者は少なくない。

しかし、この矛盾は特に魂を可能とする問題ではない。ブラックホールの中で量子論に問題が発生するぐらいだから、脳の中にはブラックホールはないので、関係は疑わしい。新しい理論には魂が登場する可能性は確かにあるが、高い確率とは到底言えない。

では、もう少し具体的に考えよう。

エネルギー保存の法則はよく魂の存在に対して挙げられる。エネルギー保存の法則によると、物理的な組織の中には、エネルギーが発生しないし、消滅もしない。そうであれば、魂がどうやって脳を動かすかが問題となる。他の物質からエネルギーを借りたら、その物質の影響で脳が動かせれるのではないかと思える。魂を仮説する必要はない。

まだ言えることがある。

生きている人間の脳の中でエネルギー保存の法則の確認は行っていないことだ。だから、そうではない可能性がある。脳の中でもエネルギーは保存されている根拠は、帰納法に過ぎない。これは妥当だが、弱い。他の場面での証拠は強いからだ。必要なのは、脳の中でエネルギーは保存されていないと思う理由だ。

実験はその理由になるが、倫理的にも実践的にも難しい実験になる。生きている人間、さらに意識している人間の脳の中で正確にエネルギーを測定するのは極めて難しい。だから、直接な証拠を得ることは不可能だと思っても良いだろう。

では、間接にエネルギーが保存されていない証拠は得られるのか。魂が脳の中で働いていることを示唆する現象があれば、直接的な証拠の欠が重大になる。その理由は、続きで説明する。