現代の祭り:通過儀礼

現代社会に応じる祭りのテーマとして思い浮かぶ一つの候補は通過儀礼だ。

通過儀礼は、人生の節目を祝う祭りを指す。例えば、結婚式は通過儀礼の一つだし、初宮参りもそうだ。現行の祭祀制度で通過儀礼の全ては小祭であるが、共同体の祭りにしたら、それが変わるだろう。

共同体の祭りの性質は、共同体全体と関わることだから、結婚式は相応しくない。それは明らかに二つの家族の祭祀だ。初宮参りも、当事者にとって重要だが、共同体にとっては重要な位置をしめない。共同体の共有の節目ではなくてはならない。

その一つは、毎年の四月だろう。入学、進学、就職という節目はここに集中する。そして、本人だけではなく、その人の家族にも重要な節目になるので、住民の大半が関わるのではないかと思える。

主役は、3歳の入園児を初め、小学校に入学する6歳の子供、そして中学校に入学する12歳の子供、高校に入学する15歳の子供、大学に入学する18歳の子供(本人たちが呼び方に怒るだろうが)、そして就職する22歳の新卒になる。(もちろん、中卒で就職する人も、大学院を修了してから就職する人も、参加させるべきだ。)限界村落ではない限り、毎年少なくとも一人が対象となると思えるので、神事を決めたら、毎年行える。

そして、3月下旬から4月上旬に行ったら良いので、広範囲で桜が咲く時期に合わせることもできる。神道では、季節の移ろいを重視することも重要だから、桜が咲き誇る時期に祭祀を執り行うことも相応しい。

これは若者を中心とする祭祀になるが、お年寄りも焦点とできる。例えば、勤労感謝の日にそれまでの一年間に定年になって現役引退した人を中心とする祭りも相応しいのではないか。勤労感謝の日は、新嘗祭の日にちに合わせて設定されたが、収穫は殆どの都会人との関係は希薄化したので、休日の名称を文字通りに捉えて、勤労に感謝を表す祭祀も良いだろう。

同じような感覚で、敬老の日の当たりで古稀か傘寿かを迎えた方々を中心とする祭りを行ったら良いのではないか。還暦はもはや「老」ではなくなったが、古稀でも曖昧になった。傘寿は今の感覚で大丈夫だろう。平均寿命とほぼ同じだから、傘寿に至る人は「古老」と呼んでもおかしくない。もちろん、時代に会わせて修正しなければならない。40年後、白寿を基準とするべきだろう。

この計画が働く世代の人を飛ばすが、現役世代には祭りに参加する暇はないことは多いので、主役にしない方がよいだろう。

このブログで先に七五三の公共性を増すために共同体の祭りを行ったら良いと提案したが、それも可能性になる。

通過儀礼を基礎とする祭りは、共同体の皆を包括するが、理念として一人一人の人生の節目を重視している。共同体そのものを礎とする祭りも良いだろうが、そのテーマについて次回論じたいと思う。