祝・8周年

今日を持ちまして、このブログは一日たりとも怠らず8周年を迎えた。いつもご覧下さって、誠にありがとうございます。

と言うより、読者は少ないし、コメントは非常に少ないので、8周年の節目をきっかけとしてこのブログの目的をもう一度考えた。

8年前にブログを開始する当初で、目標は二つあった。一つは、北川景子さんのブログに答えることだった。もう一つは、日本語の練習だった。前者はもう諦めた。当時マイナーだった北川さんが大スターになったので、特に意味はない。感想はまだたまに書かせてもらうけれども。

後者は、もう達成した。日本語を執筆する速度は、英語とあまり変わらないし、内容にも制限はない。てにをはの修正はまだまだ必要であるのは当たり前だし、言葉遣いにはまだ変なところがあることも当然だが、日本語をさらに読めば改善されると思う。日本語を書くことの不自由を感じないのは現状だ。

だから、ここでどうすれば良いのか、ちょっと考えた。反応はほとんどないとは言え、8年間続いてきたので辞めたくない。一方、意味のある行動ではない限り、時間は割けない。

結局、内容のちょっとした変更になる。日本語の執筆をさらに上達させるために、下記のようなことをするつもりだ。

  • 体系的に自由主義のことを纏めて投稿する。イメージは親書の形だ。つまり、前に投稿した内容を繰り返して投稿する。そして、原稿を整えるうちに、数回同じところを投稿する可能性がある。一回目で完璧な原稿が整うはずはないからだ。もちろん、ここで公開すると出版してもらえなくなるが、この段階で出版に値する日本語は著せないと思う。将来的にそうできるようになりたいが、これはその為の訓練にすぎない。
  • 神道についての概念なども体系的に纏める。この部分の目標は、神道を紹介することではなく、私の独自の神道概念を整理することであるので、神社本庁の見解と違うと思う。この部分は、訓練というより、神道についてどう思うかを自分のために明らかにする行動になる。
  • 小説を投稿する。短編小説になると思うが、それでも数回に亘って投稿する。日本語で小説を読んだ量は明らかに足りないので、この小説を大きく期待するべきではないが、これも訓練になる。
  • 短歌を投稿する。短歌の投稿は大変短くなるね。これも訓練だし、現代短歌から始める。古典的な短歌や俳句が詠めるようになると良いが、すぐにそうなるはずはない。
  • 祝詞を投稿する。これも訓練だし、すぐに入らない。祝詞を書いたことがあるが、祝詞作文を紹介する本は古文はできることを前提とする。日本の高校で勉強するので、基本が何となく分かるのは当然だろうが、イギリスの高校で日本語の古文を勉強しない事実は驚くほどではないだろう。だから、受験勉強のための古文の本を買って、ちょっと学んでから祝詞と挑戦するつもりだ。祝詞の内容も、神社本庁の方針と添えないかもしれない。
  • 雑談や時事も投稿する。毎日の更新は維持したいので、軽い内容も使う。

上記の通りこのブログを運営したいと思うので、よろしくお願いします。

「祝・8周年」への2件のフィードバック

  1. 8周年おめでとうございます。
    今後の方針を拝見して、より一層興味深いブログになるだろうと期待が膨らみました。

    私自身もブログをやっておりますが、月に一度更新すればよいくらいです。
    毎日の更新、それも8年間と、本当に素晴らしい。
    これからも拝見させて頂きます。

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