ただいま

昨日、真由喜とのプチ旅行から帰ってきた。神奈川県を出ない本当に小規模な旅だったが、初めての2泊の二人旅。そして、川崎に帰ったらゆり子と合流して『アナと雪の女王』を見に行った。やはり1日だったので映画館は安かったので来客は多かった。そのため、最初に行った映画館はもう満席だったが、真由喜が素直に次の映画館に行ってくれた。次の映画館で見えたので、良かった。映画も楽しかったので、子供のいる方にお勧め。後日もう少し書くかもしれないが、明日旅について詳しく報告するつもり。

今日できるかと思ったら、結局無理。

やはり、子供との二人旅には沢山の良い側面がある。楽しい。思出が作られる。絆が強まる。一緒に笑ったり、食べたり、動いたりする。

その良い側面の中に「休憩で疲れを払拭する」ことはない。

だから仕方ない。もう少しお待ちください。

国会議員の収入

国会議員に報酬を給付するべきであるのは当然だろう。そうしないと、お金持ちの子しか国会議員になれないので、国会議員が国民を代表することは出来ない。問題になるのは、その収入の金額だ。

私は、高額が良いと思う。なぜなら、国会議員は難しい仕事で、重要でもある。才能がある人がつくのは望ましい。しかし、低収入であれば、それほど自分の人生を犠牲にする人はいないだろう。いれば、議員の影響力を使って権力を集めようとする人は多いと思えるが、それは良くない。そして、収入は低かったら、議員に贈賄することが簡単になる。その上、民主主義の議員には出費は多い。だから、最低賃金にするべきなどは到底言えない。

しかし、高額にするとしても、詳しくどうするべきかは問題だ。

私の提案は、議員の年収を国民の世帯所得金額の中央値の第1四分位値の8倍である。

第1四分位値というのは、国民の世帯の年収の金額の四分の一が下回るの水準で、3分の一の上回る水準でもある。厚生労働省の統計を見れば、去年はおよそ240万円だったようだ。(正確な数値は載っていないので、グラフから計算した。)その8倍は1,960万円で、今の収入とほぼ同じであるのは偶然ではない。

これを基準とすれば、議員の収入が国民の収入を反映する。経済が悪化すれば、議員の収入が自動的に減るし、経済が成長すれば上がるので、議員には経済の一般的な成長に心がける動機になる。

世帯の平均所得金額は550万円程度だったので、平均の4倍にしても良いと思われるだろう。しかし、それは良くない。なぜかと言うと、平均が国民の一般の状況を反映しないからだ。

去年、平均所得金額を下回った世帯は62.3%に上ったそうだ。平均は、富裕層の高収入によって引き上げられ、富裕層の更なる豊富になることで充分上がる。だから、平均を基準としたら、富裕層の収入のみを上がらせても、議員の収入が上がる。政権の配慮が富裕層に偏る傾向はもう見えるので、拍車をかける必要はない。

一方、基準を第1四文位値とすれば、低所得者の収入を改善しなければならない。去年の統計で、平均所得金額の半額を下回るので、貧乏とは言えないかもしれないが、余裕はあまりないのは事実だ。そのような人たちの収入が上がれば、生活に大きな影響を与えると考えられる。それより重要になることは、議員の関心が自然に低所得者の収入に集まる結果だ。そして、富裕層の収入が如何に変動しても、議員の収入には影響しない。そのため、富裕層の収入への関心が低下する。(実は、議員の報酬を非課税にする根拠もここにある。富裕層の税率は議員と無関係であれば、挙げることへの抵抗感が減る。非課税の収入を税金の徴収の後で残っている第1四文位値の所得金額を基準とすれば、ある意味で税金は計算する前に徴収することになる。)

このような機械的な基準があれば、議員が自分の収入に直接に干与しない。これも良いことになる。

だから、このような制度は良いと私は思っている。