典子女王殿下の御婚約内定

昨日、典子女王殿下の御婚約内定は報道された。相手は、出雲大社の禰宜の千家国麿さんだそうだ。

出雲大社の社家は代々宮司を受け継ぐが、「出雲国造」と言われ、現在の宮司は第84代だ。千家家の家柄は、大和朝廷が確定する前まで遡る。起記神話で、祖先は天照大神の御子神で、アメノホヒ命で、皇族の祖先のアメノオシホミミ命の弟神である。歴史的な仮説は、出雲の国の大和朝廷の前の王族なのではないかと言われる。

実際のことを言えば、出雲国造の家は、皇室と同じぐらいの歴史を持ち、同じように古い伝統を今でも受け継がれている。ちょっと冗談にしたら、このご結婚で、意外と歴史や伝統がある家族に入るのは、典子女王殿下である。天皇陛下のいとこの宮家より伝統が遥かに細かいと言おう。

千家家は皇室と同じように天照大神の子孫であるとしても、出雲大社の御祭神は大国主神で、いわゆる国神の代表者である。一方、天照大神は天津神の代表者だ。神社の建築まで及ぶ。伊勢の神宮は神明造りの源とされているが、出雲大社は大社造りの起源であると言われる。出雲大社は、皇族と特に近い関係を持っていないが、伊勢の神宮に次いで日本の二番目のお社であると言われる。実は、明治時代に中央の神道施設に天照大神とともに大国主神を鎮座するかどうかという点で大きな論争が勃発して、結局詔勅で鎮圧されたが、その制度の早々な衰退の原因の一つとされている。

要するに、神道から言えば、出雲と伊勢が対になったことは多い。対立まで行く場合も少なくなかったが、現在はそうではないと言えるだろう。

結局、私が言える深い意味なことはないが、これほど日本の歴史には重要で、さらに神道に中枢的な存在が人間の関係で直接に結ばれるのは、どうしても意味のあることとして捉えざるを得ない。この歴史の重さの中に家族を構えようとする二人の人間はどうなっているのかな。同じことを考えたことはないはずはない。プレッシャーとして感じないように祈るしかない。むしろ、励みとして感じられると良い。

ちなみに、ここで私が時々悩むことが浮き彫りになる。伝統は重要だし、伝統を受け継ぐことは良いことだが、この伝統の中には人間がいる。その人の自由と人情を尊重しなければならない。今回の御婚約は、その結晶だろう。

二人の幸せを祈る、と言いたいのだが、余計なことかもしれない。ご結婚そのもので象徴的な意味があることで満足して、これから特別な行動を期待しない。そのようなことは、当事者に任せるべきだ。