活動家の役割、政治家の役割

活動家は、一つの問題に集中して、その問題の重要性を強調する。女性の権利にせよ、地球温暖化にせよ、日本での外国人の生活にせよ、そのように焦点を持つ。他の問題を無視する傾向がある。客観的に見れば、より重要な問題を無視することは多い。例えば、地球温暖化は川崎市での外国人の生活より遥かに深刻な問題だ。気候が変容して、食糧の生産量が激減する恐れもあるし、バングラデシュのような国で洪水で奥の人が死ぬ可能性もあるし、太平洋の島国が完全になくなる可能性も。川崎市に住んでいる外国人は、ちょっと不便なことがある。地球温暖化に集中するべきだろう。

私は、そう思えない。活動家の役割は、一つの問題をクローズアップして、その問題の重要性を強調することだ。他の問題を無視するべきだ。なぜなら、全ての問題を理解して、広報することは一人の人間には無理であるからだ。

そして、選ぶ問題は、自分に直接に関わる問題であるのは当然だ。最初から直感的な理解を持つし、関心も持つからだ。だから、女性の権利を掲げるのは主に女性だし、同性愛者の自由を訴えるのは主に同性愛者だし、外国人の問題を提言するのは外国人だ。活動家が一つの問題に集中するし、その上自分の利益と関わる問題に集中することは、批判するべきではない。問題の比較的な大きさをも誤算することも当たり前だ。活動家が夫々の問題を掲げて、意識させないといつまでも放置されてしまう。(もちろん、直接に利益はない活動家もいる。異性愛者が同性愛者の権利を訴えることも少なくない。傾向の話に過ぎない。)

他方、活動家であれば、別な問題と取組む活動家を認めるべきだ。つまり、自分の問題を放置して、別な問題に力を注ぐ人がいても、悪口するべきではない。他の活動家の強調を許しながら、自分の強調を続けるべきだ。

政治家の役割は、全ての活動家の強調を聞いて、意識して、政策を決めることだ。政治家も人間だから、自分で全ての問題を調べて、理解することは到底できない。だから、活動家の理解を借りて、社会問題を把握する。もちろん、活動家の評価をそのまま鵜呑みするとダメだ。活動家は、自分の問題を大変重要であると思わざるを得ない。政治家は、全ての問題を一緒に考えて、適切な対策を発想しなければならない。そうするために、優先順位も、妥協も重要だ。

だからこそ、活動家はいつも政治家に対して不満を発する。自分の問題を軽視するかのように見えるしかないからだ。理想は、活動家も政治家の立場が分かることだが、理想な世界ではない。理解する活動家もいるが、理解できない活動家は多いだろう。一方、活動家を充分活用しない政治家も少なくない。これは民主主義の利点の一つだろう。政治家も活動家も選挙の時期で対話するし、活動家は政治家になれる。ただし、政治家の役割は違うことは分かってほしいよね。