『古語拾遺』

『神社のいろは 要語集 宗教編』の中で神道の重要な経典が紹介されるが、その中の一つは『古語拾遺{こごしゅうい}』である。誰でも知っている『古事記』と『日本書紀』と違い、一般に知られていないと思う。

『古語拾遺』は、大同2年(807)に斎部広成{いんべひろなり}によって撰上したそうだ。テキストでこの「撰上」という言葉を使い、「作成」とは言わない。その理由は、広成は自分で発想したり思いついたりした内容ではなく、古からの言い伝えを文字に納めたことだと思う。広成の目的は、起記神話から漏れた伝承を拾って、保護するということだったそうだが、それに加えて中臣氏の祭祀の占領に抵抗する目的もあった。斎部氏は、元々朝廷の祭祀を担う氏族の一つで、天の岩屋戸神話で活躍する太玉命を始祖とした。しかし、9世紀冒頭までに、藤原氏の母体となる中臣氏が影響力を増していたそうだ。伝統的で正しいやり方を取り戻すために、この書籍を著したようだ。

内容は四つに分けられる。先ず、神代の出来事が記される。これは起記神話に基づくが、太玉命の活躍を指摘するそうだ。そして、神武天皇のことで、橿原の健都で斎部氏の役割も、中臣氏や物部氏の役割も詳しく指摘されるという。次は、9世紀冒頭の時点で怠った祭祀などが指摘される。その中に、熱田社には幣帛は奉られていないこと、そして神宮の班幣順序の非礼なことも指摘する。最後に、神祇官の年神祭りでなぜ白い馬、白い猪、そして白い鶏がなぜ奉られるかについての説明がある。

もちろん、目的は斎部氏の地位を主張する事だったので、そのまま歴史書として受け入れられないが、起記神話とほぼ同じように扱っても良いだろう。広成は、撰上した807年には80歳程度だったと推測されているが、そうであれば『日本書紀』の完成から10年以内産まれたはずだ。つまり、広成が聞いた古伝は、起記神話に入っている古伝とほぼ同じ時代に成立されたと思える。起記神話の異境を受けたのは当たり前だが、7世紀末の斎部氏の伝統は『古語拾遺』で忠実に語られているのではないかと思っても差し支えないだろう。8世紀に形成された伝承としても、神道の伝承としてかなり古くて、重要である。

しかし、私はまだ読んだ事はない。『古語拾遺』自体は短いそうだが、日本語の現代語訳はないようだ。注釈本は岩波文庫にあるようだから、それを買おうかなと今思っている。先ずは、起記神話に載っていない伝承は知りたいからだ。神道の多様性は目立つが、本居宣長以来、古事記の神話が覇権を握った。神道を本当に理解するために、他の古典を読むべきだ。そして、古語拾遺は、807年に80歳の神職が「現代の人は、神道の本当の伝統を尊敬していない」と嘆く書籍だ。現代の神道が見えたら、広成は失望するだろう。いつの時代でも、これは同じだ。

ただし、延喜式では、斎部氏の役割は定められている。つまり、『古語拾遺』にはある程度力があって、伝統は再生させられたのではないかと思える。いつの時代でもお年寄りが伝統の変更を嘆くだろうが、場合によってその嘆きには意味があり、その言葉に従って伝統を甦らせたら良いこともある。