神道五部書

「神道五部書」というのは、伊勢神道の基盤となった書だったと言える。五つあるが、その題名は『天照坐伊勢二所皇太神宮御鎮座次第記』『伊勢二所皇太神宮御鎮座伝記』『豊受皇太神御鎮座本紀』『造伊勢二所太神宮宝基本記』『倭姫命世記』。「神道五部書」と総称する理由の一つは、題名は長いことだろう。そして、略記もある。『御鎮座次第記』『御鎮座伝記』『御鎮座本記』『宝基本記』である。中世では、『御鎮座次第記』『御鎮座伝記』『御鎮座本記』は「神道三部書」と言われ、最も尊ばれたそうだ。(ところで、読み方には自信はないので、ルビをふらない。)

奥書によると、成立は奈良時代以前であるそうだが、江戸時代になったら鎌倉時代の作であることは判明された。『神社のいろは 要語集 宗教編』によると(163頁)、成立時代や作者についての研究はまだまだ充分ではないそうだが、成立順は一応分かっているようだ。一番古いのは、『宝基本記』で、次は『倭姫命世記』、そして「神道三部書」であるという。

「神道五部書」の主なテーマは伊勢の神宮の鎮座までの経緯だ。「神道三部書」の題名から明らかだが、倭姫命は神宮のご神体を大和国から伊勢国へ持っていた御杖代と言われる人物だから、倭姫命の人生を描く書物は当然伊勢での鎮座への経緯を描く。『宝基本記』も同じテーマであるという。

『宝基本記』の内容に特色がある。一つは、他の四書の基礎となったことだ。もう一つは、忌み詞などの仏教との対立意識が見えるものの、仏教色は濃い。そして、外宮の御祭神の豊受大御神の神格を高揚しようとする主張はあまり見えない。残る四書には、これが目立つ。本書は奈良時代の僧侶の行基に仮託されているので、両部神道家によって作られた可能性は指摘されているそうだ。

『倭姫命世記』によると、天地開闢の時点で、豊受大神と天照大神が誓いを契って、一緒に天下を治めることになったそうだ。その上、内宮の名称にも外宮の名称にも「皇」の字を用いる。「神道三部書」では、豊受大神は古事記で最初に現れる造化三神の一柱の天御中主神や日本書紀の最初の神の国常立尊と同一神であると強調する。そして、豊受大神も天孫降臨や三種の神器の授けに関わったと主張する。(この点は、『倭姫命世記』にもあるかどうかは、『神社のいろは 要語集 宗教編』は明白ではない。場所によって両方指す。)

この「神道五部書」は後世の神道へ大きな影響を与えたと言える。例えば、「人は乃ち天下の神物なり」と言う表現で、人間は神から神性を賦与されていることを表すが、これが神道の定説になっている。そして、『倭姫命世記』にある「神垂祈祷、冥加正直」という表現は、特に山崎闇斎に強い影響を与え、「垂加神道」の名称の元となった。国家観は、北畠親房にも影響を与えたそうだ。

しかし、現在の「神道五部書」の研究はほとんどない。神社界では重視されていないと言える。それはなぜだろう。

理由はすぐに思い浮かぶ。一つは、仏教色である。神社本庁は原則として神道から仏教色を除外する立場で、幕末の国学者の主張を継承する。(現在の総長は厳しくないが、石清水八幡宮の宮司で、神仏習合の歴史は長くて重要である神社出身だから、それは当然なことだろう。)だから、仏教色は強い「神道五部書」を軽視するのは当たり前だろう。

そして、「神道五部書」が外宮を内宮と同じレベルに並べるが、神社本庁は内宮優越論を固持する。だから、伊勢神道の神学を重視しない。それに伊勢神道の起源は、外宮が平安末期には経済基盤について心配して、固めるためにこの説を提唱したと『神社のいろは 要語集 宗教編』で述べている。このような説明はあり得るが、ちょっと早いと思う。古事記の序文を読んだら、「偽りを除く」という方針は、新しく皇位を握った天武天皇に都合が悪い伝承を潰す方針として読み取るのも当然だが、神社本庁はそのように解釈しない。英語で日吉大社の歴史についての学術書でも同じようなことがあった。延暦寺の僧侶が日吉大社の管轄を強調したが、日吉大社の神職が神道の独立性と自社の自立を訴えたが、本の解釈は僧侶は宗教の本義に則って主張したのに対し、神職はただ自分の権力を増すために主張したという。

だから、この場合は、確かに「神道五部書」のような主張は、外宮の経済的な維持に貢献したと思うが、度会氏の神職が本当にそう信じた可能性も充分ある。そして、豊受大神は天御中主神と同一神であることは、平安時代の『中臣祓訓解』にも見えるそうだが、それは両部神道の書で、特に外宮と密接な関係はないと思われるようだ。ただ単に伊勢の両宮を真言宗の世界観に織り込むための解釈だったろう。両部神道から影響を受けた伊勢神道で、その解釈を素直に受けて、維持した可能性は高い。自分の都合に良いことを外で見つければ、すぐに受け入れる傾向は人間の共通心理だと思うが、基本的に弱点とは言えない。

この点についてさらに考察するために、「神道五部書」を読まなければならない。『倭姫命世記』の研究の本は最近出版されたようだから、時間もお金も揃えれば、買って読みたいと思う。

ところで、神社検定は今日開催されるが、この投稿は事前に書いているので、復習が暫く続く。ご了承ください。