山の日

あまり報道されていないような気がするが、2016年から8月11日は国民の祝日の山の日になるそうだ。目的は、「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」と言うことで、月日の理由は「八」は山の形で、「11」は山林の形を思わせるからだそうだ。この理由は日本らしい。

山の日が執行されると、日本の祝日にはみどりの日、海の日、そして山の日が揃う。神社神道には、国民の祝日に祭祀を執り行う伝統があるが、この三つは特に相応しいと思う。

先ずは、海幸彦と山幸彦の神話は有名で人気である。神饌の内容も、山の幸と海の幸が入るのは普通だ。そして、神社に欠かせない存在は、鎮守の杜だ。みどりの日は、木々などの植物と関連する祝日だから、鎮守の杜の祝日とも言えるだろう。

山の日に関連することは、山岳信仰だろう。日本では、古から神様が山に鎮座するとの信仰が根付いていた。富士山を始め、白山も、御嶽山も、英彦山も、信仰の対象となった。もちろん、山岳信仰と深く関わる神社にとっては、山の日は神事に特に相応しい。そして、日枝神社の御祭神は大山くい神だから、山の日は特別であるはずだ。

そして、この三つの祝日を利用したら、神道の二つの側面を両立できる。一つは、自然崇拝。海、山、みどりを中心とする神事が自然崇拝と関連するのは言うまでもないだろう。もう一つは、神社の公共性である。この三つの祝日は国会によって定められた祝日だから、公共性は強い。それに、国民の祝日だからこそ、休む人は多いので、神社の周辺の住民の多くは祭祀に参列できると思える。

このように公共性と自然崇拝を同時に強調するのは良いと思う。なぜなら、神社の公共性を出したら、思い浮かぶのは国家神道のことだろう。戦争を推進する行動が思われるので、現在に相応しくないし、嫌なイメージになる。一方、現在のパワースポットブームは、自然崇拝の要素は濃いが、個人的な信仰や活動になる傾向も強い。だから、この三つの祝日を利用して、公共性と言うのは、日本の自然を大切にする意味も含まれていることを主張しながら、自然崇拝には、個人の感情を超えて、国中を一つにする公共性もあることも主張できる。そして、氏神様での祭りがあれば、パワースポットの関心を近所の神社に結びつける方法にもなれるかと思う。最近、パワースポットや神社ブームが氏神様と結びつかないことが問題視されているので、対策もここにある。

だから、一般の神社にはこの日に相応しい神事を導入すると良いと私は思う。


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