国防

国防と言えば、何が思い浮かぶのだろう。自衛隊やいわゆる「国防軍」の軍隊の活動を想像する人は少なくないと思う。しかし、「国防」の基本は武力ではない。

国防は、住民の命、生活、そして財産を社会の外から脅かす勢力から守ること。

(社会の中から脅かす勢力は警察の責任だ。)

外交の軍は確かのその例の一つであるので、自衛隊は国防の一部であるのは否めないし、否むつもりもない。しかし、国防の一部に過ぎないと思う。

今ならすぐに思い浮かぶ例は台風だろう。こんがの台風で10人程度が亡くなったそうだし、多くの家が浸水したという。震災も明らかな例だ。その上、疫病も同じような例であると言えよう。最近西アフリカでエボラが流行したが、日本の歴史を見れば疫病を祓うための祭りは多いので、昔からの脅威であると思える。

だから、国防省の責任は外国の軍的な脅威より広い範囲に亘るべきであると言うだろう。そうしてもかまわないだろうが、防衛の方法が脅威による大きく異なるので、すべてを自衛隊に任せては行けない。

自衛隊の本役は、外国の軍隊の進撃を止めて、国外に返すこと。外国軍の進撃を事前に防ぐ重要な役割は、主に外務省に担われる。もちろん、自衛隊の存在はその事前防止には重要だ。抑止力はないと、外交の期待できる効果には厳しい制限がある。それでも、その外交的な防止には自衛隊と違う知識や技能は必要なので、自衛隊に任せられない。

他の国防も同じだ。台風を事前に防止するのは、まだ人間の力を超えるし、震災はまさにそうだ。だから、防災準備と災害が起きたら救命に努める組織は必要だ。疫病も同じように、最初の発生は防止できないが、早い段階での鎮圧を目指せる。このような防止には、自衛隊と全く違う設備は必要となる。震災は建設の基準や防災グッズの用意は重要だし、避難ルートや避難所、避難所への物資の配布などの準備、そして救命隊の派遣など。これは、日本では進んでいると思う。少なくとも、アメリカより充実しているような印象を持っている。まだまだ改善できるのは言うまでもない、基礎はある。

疫病はまた違う。先ずは、医療機関から情報を常時に即時に集めて、疫病の発想を早く把握することは重要だ。感染病であれば、早く把握すれば簡単に抑えられることもあるが、把握が遅れたらもう遅い。そして、感染病の把握があったら、国内と海外の移動を制限する制度は必要だ。同じように、感染が把握された地域に住む人が自宅で待機して、食糧などを外出せずに整えられるような制度は重要だ。しかし、インフラには被害は一切ないので、地震への対応と大きく異なる。

だから、一つの「国防省」の管轄下に入れても、独立された庁は必要である。「軍防庁」、「緊急救出庁」、「感染防庁」などの機関があれば、共通する機能は少ないが、目的は同じだ。日本の住民の命、生活、そして財産を守る。


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