『ジャッジ!』

北川景子さんが出演する映画の『ジャッジ! 』をやっと見ることができた。映画館に行く余裕もなかったし、家で見る余裕も長い間得られなかった。

面白かった。ドラマのために審査員の不正な行為を大げさに描かれたが、現実との関係はあると信じられた。コメディーだから、笑えるところは多いことは良い。

北川さんの縁起と言えば、もちろん自然だった。数年前から「演じている」ような印象がなくなったので、本当に上手な女優になっていると思う。(北川さんの縁起の練習の多くは、作品で公開されたので10年前の作品で経験は浅いことは見えた。それはもうなくなった。)そして、北川さんらしい役だった。つまり、美人だったが、典型的な映画美人の性格や振る舞いと大きく異なった。北川さんは、役のために顔が崩れても平気であるようだから、そのような役に起用されることは多いだろう。そして、英語を話す時に上手に話せた。もちろん、台本はあったが、発音は自然だった。アメリカで留学した経験があるので、ちょっと活かせたのではないかと思った。

映画のストーリーでちょっと気になったは外国人の描写だった。つまり、登場する外国人は殆ど馬鹿。一方、登場する日本人も殆ど馬鹿。だから、結局映画の構造を考えれば、外国人を特別視したというわけではない。やはり、別の文化からの人物を作品で描ければ、難しい問題が発生する。

要するに、この映画は面白くて楽しいので、一度見たらいかがでしょうか。

制限で広大

もう一つの経験を広げるためのこつは制限だ。この方針には矛盾は感じられるだろうが、効果があると思う。

条件は二つある。一つは、制限は臨時的であること。一年間程度は良いだろう。もう一つは、制限が今までの経験の大半を除外することだ。

このようにやることを制限したら、止めない限り新しい経験と会うはずだ。今までの好みの通りに選んだ作品の大半は除外されているので、別な分野に入らなければならない。しかし、制限に従う限り、何でも良いので、見たくないことを見る必要もない。

例えば、SFは好きであれば、一年間女性作家の作品しか読まないことにするのは一つの例だ。最近、女性作家は増えつつあるが、二十年ぐらい前までは、圧倒的に男性だったし、今でも男性は過半数を占めるかと思う。だから、何気なくSFを読んだら、男性作家は圧倒的に多くなる。女性作家に制限されたら、普段は読まない本を探して、読むことになるので、経験が広がる。

それとも、別な惑星を舞台とする本は大好きであれば、地球のみを舞台とするSFに制限できる。

本などの場合、一般に使える制限は「今まで読んだことのない作家」である。もちろん、新しい作家が好きになったら、その一年間で数冊読んでも良いだろうが、少なくとも毎月新しい作家を一人読むことにすると良いと思う。映画などなら、携わる人は多いので、もう少し難しくなるが、監督が違うとか、主演の俳優が違うなどの基準でできるだろう。この方針で、好きなジャンルのままで楽しめるが、新しい経験ができる。

もちろん、この制限を緩和できる。例えば、新しい作家だけより、毎月少なくとも新しい作家を一人読む基準など。

この方針が一番働く形は、背景にある文化が違う場合だ。男性の作家は多ければ、女性の作家のみにするのはその例の一つだ。殆どの社会で男性の体験は女性の体験と大きく違うので、女性の立場から見られた社会が異なる。他の例はより明確である。例えば、翻訳された本だけを読むこととか、アメリカ映画以外の映画だけを見るとか、まだ行ったことはない国にだけ行くなど。例えば、仏教のお寺を観察するのは大好きであれば、別の国のお寺を見ることは、別な文化の紹介になる。日本と韓国のお寺を多く見たことがあれば、タイやチベットのお寺を見ると、仏教の違う種類を見る。(確かに、神社を観察するのは趣味であれば、この方針はちょっと難しい。)

このような制限が一年間続けば、より広い範囲で体験する機会があるが、元の範囲を含む興味の範囲に戻る余裕もある。

私は、今のところこのような方針を使っていないが、生活の形がまた落ち着いたら導入したいと思う。具体的な制限はまだ考えているけれども。

他人の評価に委ねる

経験を広げるもう一つの方法を今日提供したいと思う。昨日も触れたが、経験を広げようとすると、問題の一つは、完全に新しい経験は予想外の完全な分野だから、予想できない。あの分野が存在することすら分からないことは多いが、その場合経験を広げる計画も立てられない。

もう一つの難しい状況がある。それは、ある分野には興味はない思い込みを持つ場合だ。そうであれば、その分野をさらに検討しないので、一つの方向へ経験が広げない。

この二つの問題を乗り越える方法として、自分の経験の行方を他人に委ねる方法がある。他の人が選べば、自分の知識や好き嫌いとは関係ない。もちろん、委ねる人の知識と好き嫌いと関係があるが、一人だけに委ねなければならないわけではない。複数の人の知恵を借りて、経験を広げる。

「他人に委ねる」と言っているが、具体的にどうすれば良いだろう。

簡単な方法は、賞に委ねることだ。例えば、日本語の小説の場合、芥川賞を授賞する本をいつも読むこと。それとも、アカデミー賞を授賞する映画を見る。確かに、そのように授賞する作品は必ず一番良い作品であるとは限らないが、何でもかんでも読めるわけはないし、他の好みに合う本を読むはずだから、経験を広げるために使える。

作品以外の分野でも、このネット時代で使用できるようになった。例えば、東京にあるレストランの場合、あるサイトのベスト10を一年間かけて試すことができる。そして新しいベスト10が公開するだろう。旅行すれば、案内本を持って、推薦されたところを必ず訪れることができる。

もちろん、このような公開された推薦ではなくても良い。自分と人生や経験が大きく違う人と知り合ったら、その人からの推薦を求めたら良い。この場合、経験を広げたいことをはっきり言うべきだ。そうしないと、相手が聞き手の好みに沿うかと思う物を勧める恐れがあるからだ。

私は、このような方針をとったことがある。過去は、Everyman’s Libraryというクラシックの本のシリーズのすべてを読もうとした。(今、その計画は中断されているが。)そして、The Guardianという新聞が毎年その一年間の一番良い音楽を選ぶ。それを買って、聞く。音楽の場合、それほど好きではないアルバムを三つ買ってしまったが、同時好きな歌手を発見した。その歌手はJanelle Monaeという、私の好みと全く無縁な音楽だから、このような方針はなかったら見つけたはずはない。

誤解されないようにちょっと言っておきたいが、すべての経験を他人に委ねるとは言わない。自分の好みの経験や自分の成長計画のための経験も重要だから、他人の推薦は一部に過ぎない。しかし、その一部から新しい道へ旅立つ可能性もあるので、見逃しては行けない。