理解と予測

考えや言葉の意味を解明するために2次元の理論を提唱すると言ったが、その2次元の一つは因果関係である。つまり、一つは考えを引き起こす物である。もう一つで問題を解決したいと思う。

そして、そのもう一つの次元は、私の博士論で提唱した理解の理論に基づくので、私の理解についての持論を紹介する。

この理解は、文章を理解することではなく、物を理解することを基本とする。例えば、パソコンを理解するために、何が必要であろうか。(パソコンはそもそも理不尽であると思う人もいるだろうが、私はそれより楽観的である。)論文は英語で8万語程度だったので、この投稿ですべての内容を説明できるはずはない。従って、要点を紹介して、その根拠となる証拠などを省略する。

簡単に言えば、物を理解すると、その物の将来の展開は予測できる。現状が続く場合に限れば、理解は弱いが、まだ理解であると言いたい。一方、いい理解を持つために、状況が変わっても正確に予測できる能力は必要だ。そして、正確性も細かさも重要である。完璧な理解は存在しないが、仮に描写すれば、何の状況に入っても、その物がどう展開するかは正確で細かく予測できる能力だ。

このように言えば、すぐに反論する人はいるだろう。「予測できるが、なぜそうなるかが分からなければ、理解しない。ただの機械的な予測にすぎない」と。論文でこの問題とより細かく取組んだが、間違いだと思う。なぜなら、物がなぜこう展開するかは分からないと、予測できない状況は多いからだ。単純に予測できないケースもある。例えば、時計の針がなぜ回るかは分からなければ、時計が蜂蜜に浸かられたらどうなるかは言えないだろう。それとも、「回る」と言う。時計の歯車の動きなどが分かると、蜂蜜に浸かれると動かなくなることは予想できる。では、油に浸かられたらどうかと聞かれたら、動くのではないかと答えられる。油が歯車の動きを妨げないからだ。このような予測は間違っている可能性があるが、予測するために「理解」は必要である。別な例を考えよう。ある人が毎日仕事に通うとしよう。普通の平日であれば、行動は予測できる。しかし、その人が宝くじに当たって、億万長者になったら、仕事に通うかと聞かれたら、答えられない。お金を稼ぐために通っているなら、辞めるに決まっている。一方、仕事のないように深い関心があれば、辞めないだろう。

つまり、多様性のある場合で予測するために、「理解」は必要である。

このような理解はなぜ人間と言う動物に役立つかと言うと、明白だ。世界で行動すれば、周りの物や人の反応を予測することは重要であるからだ。

しかし、そうするために、この理解がある物を指さなければならない。そうしないと、何の理解であるかはさっぱり分からないからだ。この「理解」は、今までよく取り上げた「考え」であると思う。だから、この考えはどうやって物を指すのだろう。

2次元である。一つは因果関係で、もう一つは予測である。次回、詳細を説明する。