なぜ神道が好きなのか

昨日、このブログにコメントをいただいた。それは珍しいことで、嬉しい。そのコメントの趣旨は、下記の通りだった。私は、自由主義者で平和を愛するので、なんで自由も平和を奪おうとする神社本庁の神道が好きであろう。このことを不思議に思うことは、分からないわけではない。それでも、神道が好きなのだ。

これに複数の理由がある。

一つは、印象と内実がちょっとずれることでもある。このブログの方針として、単純の批判をなるべく避ける。私が擁立する提案などを説明するために、反対の意見と対照させて、他の意見の批判を示唆することはあるが、ただ単に「これはダメだ」という投稿を少なくするのは原則だ。例外はある理由は、私でも方針を完遂できないからだ。つまり、神社本庁の賛同できない側面は結構あるが、この場で明白にしないようにする。その存在は、コメントの内容から推測すると、十分明らかだろう。

そして、神社本庁は神道の全てではない。まず、神社本庁に属しない神社は存在する。有名な例は伏見稲荷大社と日光東照宮だろう。驚くことに、靖國神社も神社本庁の被包括関係にない。それに、神道の活動のほとんどは、各地域に鎮座する神社を拠点とする執り行われ、神社本庁の日常的な関与はあまりない。大きな齟齬が発生したら、神社が神社本庁を離脱することもある。(実は、明治神宮も離脱したことがある。)神社の祭祀に参加することは、神社本庁を見ることには相当しない。神道が好きであるというのは、神社本庁が好きであるとは限らない。

しかし、私は神社本庁の活動に積極的に参加することもある。例えば、7月の宮城県での鎮守の森の植樹祭はその一例である。それじゃどうだろう。

神社本庁は、一概に極右の団体であるとは言えない。私は、この3年間『神社新報』の定期購読を続けてきた。そして、1年間以上、その内容の全てを読んできた。それを読めば、神社本庁の活動を鳥瞰できるかと思う。(表に出さないところもあるが、自分の機関紙で偽ることはあまりないと思える。)伝統的な祭祀の継承と継続を確保することは、本当に主な役割の一つである。神社検定もその例の一つである。そして、現在の神社本庁の早朝の田中恆清氏は、石清水八幡宮の宮司で、歴史を重んじて、明治維新前の神仏習合の歴史も尊重する。一概に国家神道の復活を目指しているとは到底言えない。

この神社本庁の活動に強い共感を感じ、応援する。伊勢の神宮の支援はちょっと過剰なものになると思っても、基本的に良いことである。神宮は、皇室との密接な関係のおかげで一千数百年前からの伝統を受け継がれている。(一部は明治維新に捨てられたが、それも国家神道の弊害の一部であるといえよう。)

そして、神道政治連盟がある。神道政治連盟は、私が賛同できる活動はないと言って良い。その上、神道や神社との関係さえ見出せない活動は大半である。領土問題は国家の問題であるのは否めないが、特に神社と関係するとは言えない。夫婦別姓も同じである。神道政治連盟が重要課題を列挙すれば、明らかに神社と関わる課題は、七つの中の7位に見えることは多い。日本の国家の理想像を考えれば、、神道政治連盟の方針は、民主主義を覆し、絶対君主制に戻り、軍国主義を復活させることではない。神社本庁に属する神社の神職の中にそう考える人は存在することは推測できるが、正式な方針ではない。正式に、立憲君主制を目指すが、イギリス出身者として、それは独裁的な政権と等しいとは思えない。それでも、今の神道政治連盟は、私も危惧する。国への影響は心配しないが、神道や神社へ批判と募って、伝統の継続を危うくするのではないかと思う。それほどならなくても、伝統の存続に貢献する活動はしていないので、神社界の力の一部を無駄にしているのではないかと思う。

しかし、私には神社本庁への影響力はないので、選択肢は神社本庁の支援をやめるか、神道政治連盟の存在を我慢するか。我慢することにした。

だから、私はもしかして、仮に神職を目指そうとしても、なれないだろう。神社本庁が異端のため追い出すからだ。それでも、世代替わりと一緒に神社本庁が自然と改善することは期待する。評価するところは多いので、全てが消え去るのは望ましくない。

もう一つ、一般的な理由がある。自分の意見と賛成する人ばかりを聞けば、どんどん極端になり、問題に陥りがちである。『神社新報』で、私が賛成できない意見と出会うことは少なくないので、私の意見が鍛えられ、そして極端の危険から救われる。


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