焦るな

現代社会では、私は問題視する傾向がある。それは、何でもかんでもなるべく早く完成させようとする傾向である。これは日本に限らず、アメリカやイギリスでも見える。例えば、私のTRPG業界で新しいゲームを発想から発送まで1年間以内を目指す場合は多い。同じように日本のテレビ番組で、連続ドラマの脚本はドラマの放送中に完成させるそうだ。つまり、作成を始めるのは、放送が間近に迫ってきた時点であるようだ。建築も同じであるのではないかと思う。

このような慣習は、作品の質を劣らせると確信する。良質の作品を生み出すために、何より時間は必要である。

先に言っておくが、例外はある。運が良くて、最初から必要な要素や刺激が整い、すぐに優秀な作品を出すことは確かにある。多くの場合、作者が長い間その腕を磨いたりしてきたので、ある意味ですぐに作成されていないとも言えるが、この作品は早いのは否めない。しかし、これは例外である。作者は優秀であっても、普段は時間は必要である。

しかし、この時間の使用法は予想とちょっと違うだろう。

良い作品を作り出すために、一点、一点、ゆっくり考えて、完璧に作成するのは良くないと思う。なぜなら、人間はそういう風にできないからだ。

むしろ、案を早めに作成したほうが良い。そして、案をしばらくの間置いておいたり、他の人に見てもらったり、修正したり改善したりする。この過程を繰り返すと、最後の作品の質が高まると私は思う。

そう思う理由は、私の経験である。この十数年、Ars Magicaというゲームを監督してきた。一冊の本を作成するために、2年から3年を費やすのは恒例だ。例外に、5年以上がかかった本もある。その過程は、数ヶ月をかけて発想を募集してから、草案を書いてもらう。本一冊には複数の作家が共同で作成するので、草案は、私も他の作家が読んで、コメントをする。そして修正。それから、ゲームのファンへ出して、また批判や指摘をもらう。また修正。もう一回ファンへ。また修正。必要であれば、またファンへ。また修正。最後に、私が最終訂正をする。この過程には、時間は必要だが、作品の質の向上にかなり貢献する。その上、このような作品には緊急性は一切ない。治療は違うが、待ってもかまわない作品は極めて多い。

だから、このブログの投稿は、焦っている。なるべく早く書いて、公開してしまう。なぜなら、私の考えではこの投稿は作品ではない。この投稿は草案である。最終的に良い作品を作り出すために未熟の案をたくさん作成する。結局、なんの作品になるかは、未定だが、それも時間がかかる過程の一部であると思う。