真由喜の大反発

では、先日帰化について真由喜が反発したことに触れたが、今日ちょっと詳しく述べたい。

反発したことは、苗字を漢字で表記することだった。真由喜によると、カタカナは絶対に良いので、漢字は一生許さないそうだ。理由として、複数のことを挙げた。

一つは、漢字は書きにくいことだったが、それは重要ではなかったし、強調するために平仮名の表記も許さないと述べた。「チャート」に選んだ漢字はバカであるとも強調したが、それはただ気分を発散するためだったと思う。

途中で、興味深いことを言った。「うちが悲しむと、友達と周りの人も悲しむが、肩の時にもそうだった。それは嫌だ。友達を悲しませたくない。」

しかし、主な理由は下記の通りだった。

「うちの本当の名前はカタカナで表記されている「チャート」だ。この名前を変えたら、本当の自分を失う。名前はもう漢字であるので、苗字も漢字になったら、ハーフではなくなる。だから、絶対に嫌だ。」

自分のアイデンティティーについてこれほどはっきり言うのはびっくりした。確かに名前は自分のアイデンティティーの重要な一部である。実は、それは私は漢字にしたい理由の一つである。私の名前はChartです。最後には「お」の音はない。だから、音だけを表す仮名にして、「チャート」とすることには抵抗感がある。仕方がないが、漢字を選べば、少なくとも私の意志が関わる。

しかし、真由喜が言った通り、「ダディーの苗字だけではない。みんなの苗字だ。」だから、真由喜の意見を真摯に受け止めるべきだ。もちろん、最初の反発にそのまま従うべきではないが、完全に無視するわけにはいかない。

交渉の第一歩として、漢字の苗字を持つハーフを例を紹介した。真由喜は今、NHKの『ムジカ•ピッコリーノ』にはまっている。その番組に出てくるハーフの女優の齋藤アリーナは、漢字の苗字を持っているし、友達のハーフの子供も漢字の苗字を持っているので、漢字の苗字を持っても、まだハーフであることを証明している。

そして、真由喜を考えさせる。最初の反応が考察の上で変わることは少なくないので、時間も重要だ。その立場から考えると、この問題が今登場してよかったと思う。考えたり、交渉したりする余裕があるからだ。

それでも、真由喜が自分の気持ちをきちんと表現して、防護できてよかったと思う。成長の証拠だ。

確かに、「音符での占い」もした。それは、音楽教室でもらった磁力の音符などを持って、音楽の模様をして、そして二つを軽く投げて、「漢字」か「カタカナ」が上に落ちることによって、どうすれば良いかわかる。真由喜が投げれば、「カタカナ」は上になったが、私が投げたら不思議なことに「漢字」が上になった。真由喜が私の投げ方を厳しく批判したけれども。

法務局での第一回の面接

昨日、法務局に行って、帰化申請の手続きを本格的に開始した。

面接は一時間に及んだが、最初は、職員がちょっと事情を聞いて、名札を見せた。「あぁ、⚪︎⚪︎さんですね。」と言って、渡された用紙を記入し始めた。

それで、日本語能力のテストを合格した。正式なテストもあるようだが、不要であると判断したそうだ。実は、面接の途中で「日本は何年ですか?日本に来る前に日本語を勉強しましたか?」と聞いたので、普通の帰化を申請する外国人より、私の日本語のレベルはちょっと高いだろう。これほどの日本語能力は全く不要であることはよく分かるので、そうかもしれない。もちろん、日本出身で日本育ちの特別永住者は私より上手だが。

日本語能力は、面接する係員が証明できるようだが、他の条件を証明するためと戸籍を作成するための書類を集めなければならない。多い。

まず、イギリスから私と兄弟の出生証明書と親の婚姻証明書を入手しなければならない。親は離婚したので、その証明書も必要だそうだ。出生証明書や婚姻証明書は、ネット上で依頼できるので、もう依頼した。離婚証明証はそれよりややこしいようなので、まだ検討中。その上、パスポートの写しと国籍証明も必要だ。パスポートが国籍証明にならない理由はよく分からないが、書類は大使館で入手できるそうだから、すぐにその手続きを開始するつもりだ。最終学歴の卒業証書の写しも必要だが、それは部屋の壁に飾られているので、すぐに入手できる。最後に、親からの「申述書」である。その内容は、家族はこの人だけである、ということだ。イギリスでは戸籍のような家族を証明する書類はないからだ。申述書の準備にも努めている。問題はないが、調整は必要であろう。この書類は全て日本語に訳しなければならない。幸い、私が訳しても良いと言われた。別な専門家に頼めば、お金がかかる。

そして、日本での書類も必要だ。ゆり子の戸籍謄本と三人の住民票はもちろん、納税証明書と年金保険料の納付証明書も必要だ。(帰化するつもりであれば滞納しないほうが良い。)双方は最近1年間の分。そして、不動産の登記事項も必要だし、銀行口座の貯金の証明も必要だ。幸い、貯金を証明するために、通帳の写しで良いそうだ。私は、管理費などは指定銀行支店から支払わなければならないので、口座を多く持っているが、主なものに限っても良いという。生計は立てられるかどうかを判断するためだから、さらに資産を持っても構わないからだろう。税金は別な話だね。事業関係で、様々な納税証明書や非課税証明書を集めなければならない。ゆり子の給与証明書も必要となる。

集める書類に加えて、記入する書類もある。親族の概要は、国内と国外に分けて記載する。ゆり子のご両親までだが、親の再婚相手と子供まで及ばないそうだ。それは合理的だが、私の場合ほっとした。再婚で得た兄弟が含まれたら、書類が大変多くなってしまう。私の履歴書も必要となる。住所と学歴、職歴、身分関係の履歴書で、イギリスでの住所を細かく書かなくても良いと言われたが、日本での住所は重要であるそうだ。そして、日本の出入国の履歴も書かなければならない。これは、誠実に書かないといけないので、パスポートを参照しながら書くつもり。整形の概要は、一ヶ月分お収入と支出、そして負債と資産。事業概要は基本的に確定申告から書き写す内容だが、「取引先」の欄もある。当分の間、空欄にしておいても良いと言われた。なぜなら、私の場合、取引先は個人の生徒さんであるので、他人の個人情報と関わるからだ。調査の段階で必要となったら、長期続いてきた生徒さんの連絡先を教えることになる可能性はある。それに加えて、家への地図と勤務先への地図は必要だ。それは現地調査のためであるので、私の場合両方は同じ場所になる。最後に、動機書がある。これは、自筆で書かなければならない。日本語能力は問題無いとはいえ、手書きは不安でたまらない。

書類だと言えないだろうが、スナップ写真も必要だ。家族風景などを移す写真だと思う。三人で登場する写真はちょっと少ないので、撮ってもらうかも。

この書類は、原則として国内は3ヶ月以内、国外は6ヶ月以内だそうだが、書類によって、それは厳しくないそうだ。例えば、出生証明は若干古くなっても構わないそうだ。情報は変わらないからだ。一方、資産の証明書は、提出する直前に用意するように指摘された。内容がよく変わるからだ。

この書類と一緒に、法務大臣への申請書を提出する。それに、帰化後の氏名を記入するが、その点で真由喜が猛烈に反発した。後日に書く。

面接には、1時間がかかった。日本語は自由であれば、そのぐらいかと思う。日本語は難しければ、より時間がかかるはずだ。今の段階の印象は、入国管理と同じだ。証明書などは必要だが、なるべく無理のない範囲で要求する。母国で存在しない書類は不要だし、時間の制限は必要な場合のみに厳しくするし、それに翻訳は申請者がしても良い。その上、ありがたいことに、母国での犯罪歴はないことを証明しなくても良いようだ。できるが、手続きは大変だそうだから、避けられて良かったと思う。一括で印象を言えば、必要な手続きをちゃんとしてもらうが、手続きで申請者を苦しめようとする意向は全くない。

書類を提出してから、6ヶ月から1年間がかかるそうだから、これから一年間以内帰化できるかな。頑張る。

多様性と自由

実質的な自由を社会に根付かせるために、法政整備は必要だが、それだけで問題を解決するとは言えない。この点も、150年前から認められている。法律は、社会の態度を表現する。法律の哲学では、これは法律の重要の役割の一つであると言われている。殺人を違法とすれば、殺人は認めないという意味がある。殺人を防止するために、これも効果があると思われる。だから、自由にするべき行為を法律で禁じたら、社会の対ソを表現して、逮捕や刑罰を考える前に厳しく抑制する。(その効果を信じなければ、タバコと覚醒剤の普及を比べたほうが良い。HEROでは、覚醒剤の危険性を強調した主人公がタバコを吸った。科学的な研究から判断すれば、どちらの方が危ないかは、不明であるそうだ。)

しかし、法律はなくても、社会の態度は残る。社会が批判する行動はしにくい。だから、実質的な自由を実現するために、社会の批判を制限する必要があるようだ。

この点で、重要な問題が生じる。他の人の行動を批判する自由は極めて重要な自由だ。特に権力や影響力を持つ人、例えば政治家や宗教家を批判する自由を守らなければならない。そうしないと、影響を持つ人はすべての権力を集める恐れがある。(だから、「批判するべきではない」と言われたら、危惧するべきだ。現在、権力も影響力もなかったら、批判しないほうが良いだろうが、その批判自体には問題があると信じてはならない。)だから、批判の自由も厳守しなければならない。

では、どうすれば良いだろう。

有名な心理学実験がある。10人ぐらいを部屋に集める。その中で、一人は実験の対象になる。他の人は皆実験に協力する。「実験を行う人」は目標を説明する。実験は、線の長さを判断する能力を検討するという。嘘だが。そして、二つの線を見せる、甲と乙。甲は明らかに長いが、実験と関わる人は皆「乙の方が長い」と堂々という。実験の対象の人は最後の方だから、この発表をたくさん聞いてから答える。多くの人は、「乙の方が長い」という。自分の目を疑う。これは社会の批判の強さを表す結果。

ただし、もう一つの結果がある。先に答える人には一人でも「甲の方が長い」と言ったら、ほとんどの人が目に従って「甲の方が長い」と答える。乙を選ぶ人は圧倒的に多いが、一人の仲間がいれば、自信を持って自分の考えを表明できるようになる。つまり、社会が批判しても、仲間があれば、自分の人生は選べる。

だから、批判の自由も生活の自由も両立するために、仲間を用意するべきだ。仲間が存在すれば、批判を乗り越えて、自分の人生を決めることはできるからだ。多種多様な希望する人生の仲間を用意するために、社会の多様性は必要不可欠だ。だからこそ社会の多様性を推進するべきである。自由を確保するために、多様性を確保しなければならない。