斎王

この投稿は現実的な話と乖離することを書いておく。

神社界では、天皇を男系男子から選ぶべきだと強調する。「男系」の部分には伝統的な裏付けがあるものの、「男子」に限る根拠はないことを前にも指摘したが、今回別な立場から考えたいと思う。

天皇は、少なくとも推古天皇の時代から男系だったし、女帝でも男系だった。男系を辿って女神に着くのは矛盾であるが、神話を除けば現実は男系である。伝統を気軽に覆すべきではないので男系の天皇を維持する理由はある。

一方、明らかに男女差別である。それは、現代の社会では許すべきではないことだ。だから、覆す理由も充分ある。

伝統を重視しながら正義を擁護するために、創造は必要だ。つまり、新しい伝統を作る。ゼロから作成しても良いが、そのような伝統は暫くの間重みはない。ただし、百年は充分であろう。例えば、明治時代に作成された伝統はもう重視されている。それでも、既存する伝統を利用したほうが効果的だと思う。この場合、候補の伝統がある。

それは、神宮の斎王である。

斎王は、7世紀から14世紀まで天皇が伊勢の神宮へ派遣した未婚の皇女である。斎王は、神宮の重要な祭祀に天皇の代行者として参加した。卜占されたら、数年間の潔斎を経ていよいよ伊勢に入ったそうだ。昔は、天皇の代替わりとともに新しく選ばれたが、数十年と数代の天皇を務めた例もある。そして、斎王は皇室の祭祀や行事の中で重要な役割を占めたが、その役割は象徴的だった。現代の象徴天皇制にはぴったりなのではないか。

斎王を復旧したら、女性のための伝統がある。そして、重要な変更をする。数百年間中断した伝統だから、昔とぴったりの形で再現できるはずはない。その変更は、女系にすることだ。つまり、新斎王の1代目は現在の皇室の女性に務めてもらうが、将来の斎王は、斎王家の女系女子に限定する。

皇室の女性が結婚すると、皇室から離籍するのは現行の規則だが、それは認められる。なぜなら、斎王は伝統として未婚の皇女であるからだ。つまり、斎王家の女性の結婚を法律として認めない。もちろん、結婚しなくても子供を産むことはできる。欧米ではその方が普通になったそうだ。その子供は斎王家の一員になるが、男性であれば結婚すれば離籍する。斎王家は宮家のように、皇族の一部であるように指定するので、皇族の公務に手伝うことはできるが、神宮の祭祀や他の祭祀は当然主な役割になる。実質的な権力は宮司にあるが、象徴として斎王家が役割を果たす。

斎王の代替わりは、天皇の代替わりと同じくしても良い。天皇が、斎王になる資格を持つ斎王家の女性から新斎王を指定するのは一番相応しいだろう。斎王が天皇の御代の途中で亡くなったり(崩御したり?)退任したりすれば、新しく指定することもできる。こうすれば、卑弥呼の時代の形式のように、日本の伝統に基づいた男女平等の皇室ができる。この場合、天皇を男系男子に限っても良い。

もちろん、この提案を実現するために、憲法改正は必要だ。天皇家を国法によって定めるが、神道の祭祀と密接する役割は国は認められない。しかし、神道界はもう憲法改正を訴え、神道の祭祀を国家の管轄に入れられるような改正を求めている。だから、今の活動と大きく変わらない。内容には確かに変化が見えるが、それは日本の伝統を尊重しながら男女平等を確保するための内容だから、認めてもらえるだろう。

冒頭で述べた通り、この提案は実現される筈はない。

安定した暮らし

帰化申請の一部は動機書である。題名の通り、ここで帰化したい理由を書かなければならない。だから、この場を借りて、その問題について考えたいと思う。数回に分けて書くつもりだから、この投稿で「安定した暮らし」について書きたいのである。

安定した暮らしの主な対象は真由喜。子供の成長のため安定した拠点は多いく貢献すると言われる。もちろん、子供は何回の引越しに対応できるし、親の離別にも対応できるが、一般的に言えば、安定した拠点のほうが良いそうだ。それはいつまでかというと、12歳まで大きな打撃はないと良いと読んだことはある。親と一緒に、友達と一緒に、急な変化に対応する必要はない生活は良いそうだ。そうすれば、大きな変化に対応するためな基礎力が身につけるという。だから、真由喜のために少なくとも数年間日本に住み着くことになる。

それだけだったら、永住権のままで十分だろう。真由喜が大人になったら、イギリスに住むことにする可能性もある。アメリカやニュージーランドも可能だ。そういえば、私が全く無縁だった国に委譲したので、真由喜がチリに行くだろう。だから、永遠まで日本に住むように決める必要は無い。そして、真由喜が日本のままにしても、私が同じ国にいなければならないのは二十歳ぐらいまでだと思う。私の父は私の20代にアメリカに移住したが、それは問題になっていない。

しかし、私も安定した暮らしはしたいのだ。私にとって、人生に一度地球の反対側に移住するのは充分である。妹のように国を転々する気はしない。本は大好きだし、本の移動は大変だしね。そして、新しい人との関係を築くのは簡単な作業ではない。内向性は強いから。だから、私は日本を出たくない。これでも、永住権が足りると思われるだろうが、大きな違いがある。永住権は日本にいつまでも住む許可である。国籍は住む権利である。

では、日本の政府が私を日本から追い出そうとすることを恐れているかというと、そうではない。40年間以上日本に住めば、その可能性を完全に排除できないだろうが、心配するほどではない。隕石が我が家を滅ぼすのような脅威だと思う。またの関東大震災や富士山の噴火のほうがよほど怖い。つまり、安定した暮らしを覆す脅威を排除するための決断ではない。

ただし、ある国で安定した暮らしを目指せば、住む権利は象徴的で重要であると思う。自分の意志を申請で示すし、その答えで国だ受諾してくれる。

これは確かに抽象的な理由であるので、具体的になぜ日本に住みたいのだろうか。それは、次回書きたいのだ。