真由喜の合理性

最近、真由喜が次回の誕生日のプレゼントを求め始めた。

欲しいのは、亀2匹。雄と雌。そして、さらに亀の赤ちゃんが卵から生まれてくることも期待しているそうだ。

真由喜は、ペットが欲しいことは依然として変わらず。しかし、その詳細は変わってきた。

「なぜ亀が欲しい?」と聞いたら、

「本当なら犬が欲しいが、ダディーは毛のアレルギーを持っているので、無理だ。」

「でも、なぜ亀?うさぎは?」

「うさぎにも毛があるでしょう。亀には毛は一本も見つからない。」

そして、亀は長生きなので、金魚のようにすぐに死ぬ恐れはない。

このように合理的に自分の欲しいものを考えるのは、親として感動的である。もちろん、7歳だから、考えていないこともある。特に、亀のお世話を見るのは誰か、亀の赤ちゃんが生まれてきたらどうするか、どこで飼うか、などの問題はまだ考えていない。それに、亀を飼うつもりは無い。長生きであるからこそ、子どもの希望に応えて飼うべきではない。数十年の責任であるから、住宅ローンのように大人になってからの決断に委ねるべき。

ただし、問題は真由喜のぶれない姿勢である。今、亀が欲しいと言ったら、誕生日になってもまだまだ「亀が欲しい」と言い続ける可能性は高い。その時、もちろん断っても良いが、子供をがっかりさせたくないことも、親心だろう。