少数者と代表者会議

少数者の実質的な自由と快適な生活を確保するために、話し合うと良いと先日述べたが、その方法を考えなければならない。選挙へ影響は及ぼせない少数者の声が聞こえなくなる恐れがあるので、なんらかの対策をとるべきである。良い対策として、川崎市外国人市民代表者会議のような施設を掲げたいのである。

この代表者会議には複数の重要な要素がある。

まず、拘束力はないことだ。少数者には、多数者を拘束する権力を与えてはいけない。それは民主主義の基本理念の一つである。拘束力はないと、多数者が少数者の声を無視する恐れがある。その場合、人権で過酷な弾圧を防ぐべきだが、それは限界だ。多数者には少数者の意見に従わない権利はなければ、少数者には支配力が与えられる。

一方、行政などには、その代表者会議の提言を公的に受け止めて、尊重して、実現に向けて積極的に動く義務を課すべきである。つまり、「これはできない」と言えるが、相当な理由を明記する義務は重要である。そして、代表者会議を簡単に廃止することはできないような仕組みも重要である。これで、権力者には不利であっても、少数者の声に耳を傾ける。それだけで、状況の改善は期待できる。

そして、代表者会議の審議や提言を公表するべきである。代表者会議の目的は話し合いだから、相手は行政だけではなく、他の市民でもある。誰でも傍聴できれば、陰謀である疑いが払拭されるが、行政が提言などを無視しようとすれば、他の市民が少数者の味方に回って、訴えることは多いだろう。特に少数者の問題を重視しなくても、法律で定まった義務を果たさない行政の説明責任を強調することはある。その上、一般市民が少数者の問題を把握すれば、それだけで少数者の生活が楽になることもある。

公開しても、代表者は当事者であることも重要である。少数者の声を聞くために、少数者本人を代表者会議の代表者にさせるべきである。その上、代表者が自主的に会議の運営を決めたり、審議するテーマを選んだりしたほうが良い。

つまり、川崎市外国人市民代表者会議の仕組みに似ている仕組みは良いと思う。その上、市のレベルで設立すれば良いのではないかとも思う。国のレベルで、審議できる人数の会議で全国の状況を把握するのは極めて難しいし、それぞれ地方の会議から意見を取り上げて、国に働きかけることも可能だ。

具体的に考えれば、「少数者市民代表者会議」を設立すれば、だれを参加したほうが良いのだろう。

まずは、ハーフや帰化した人が浮上する。外国人市民ではないが、重要な意味で少数者である。そして、川崎市の人権イニシアチブでは「性的マイノリティー」が指摘されるが、同性愛者や性同一性障害者などの性的少数者を参加させたら良い。次は、他の障害者もそうだ。体の不自由な方も感覚障害がある方も参加してもらうと良い。さらに考えれば、宗教的に少数者である人も該当するだろう。キリスト教徒やイスラム教徒、新宗教の信者には独特な問題があると思えるので、その声も聞こえるようにするべきだと思う。そして、部落民と言われた人にも偏見などの独特な問題があったと聞いたことがあるが、詳しくない。会議の構造を決める前に、有識者を集めて、適切な構成を審議しなければならない。

これで代表者会議の限度が見えてくる。指定した少数者しか代表できない問題だ。だから、他の少数者を守るための人権は重要だし、代表者会議で「その他」の少数者を入れると良い。

このような仕組みがあれば、権利で解決できない問題と挑戦できて、住民の生活をより快適にできると思う。多数者も、社会に対して恨みを抱く少数者は少ないことで直接な利益を得て、そして少数者になっても声は無視されないことを確信して、社会の一員である認識が高まるだろう。


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