差別対策

外国人市民実態調査で指摘された問題の一つは、差別だった。その分析で指摘した通り、ヨーロッパとほぼ同じレベルであるようだ。そして、自由記述欄での改善についての意見は、差別をなくすことを指摘する方は多かった。だから、取り組むべき問題であるのは明らかだ。

しかし、川崎市には何ができるのだろう。市役所などの職員の態度についての批判はほとんどなかった。むしろ、職員の態度を川崎市に住んでよかった理由として挙げた方は多い。だから、差別の問題で、市の職員の意識喚起は不要だろう。そして、日本人市民には差別的な考え方が残るとしても、市がそれをなくす方法はないだろう。「態度を改めろ」と言っても、効果はない。学校教育の中で差別的な態度を無くすためな措置は取り入れられるが、結果は十数年先のことである。

では、具体的な対策はあるのか。候補はあると思う。

一つは商業施設などを対象とする啓発だ。その内容は、在留カードを身分証明書として認めるべいだが、求めることはできないこと。外国人でも、運転免許所や住民基本台帳カードや健康保険証を認めるべきだから、在留カードを求めることをなくすことはできる。法律上、求めることはできないので、これはただの啓発問題に過ぎない。

もう一つは、住居の差別である。この差別の種類は、ヨーロッパより酷いようだし、自由記述欄でよく浮かび上がったので、撲滅する努力は適切だろう。それに、市にはできることはある。

まずは、もう存在している住居支援制度の活用をさらに促進することだ。外国人市民には認知度を上げて、徹底した情報伝達に努めるべきだろう。転入する外国人市民には、この制度の案内を渡したら良い。「保証人は見つけられない」と訴えた人もいたが、住居支援制度は保証人を提供する制度だから、その悩みは川崎市では原則として必要ない。

そして、この制度の存在を不動産屋や大家に知らせるべきだ。この運動はもうあるようだが、さらに強めるべきだろう。外国人市民は全ての制度を覚えられるはずはないが、賃貸物件で働く人は、賃貸についての制度を覚えるべきだ。だから、なるべくこの負担を外国人市民から業者側に移したほうが良いと思える。

この上、新しい条例は望ましいのではないか。その条例は、外国人を理由として入居を拒否することを禁じる内容になる。もちろん、外国人市民によく伴う理由は禁じられないだろう。例えば、日本での立場は不安定であること、日本語はできないこと、そして収入は安定していないこと。しかし、永住許可を持っている外国人は、日本での立場は安定だし、日本語ができることも多いし、収入には問題はない外国人市民も多い。特に、特別永住者は、日本人と違うのは国籍ぐらいというケースは少なくない。その場合、拒否することは禁じられる。違反すれば、罰金を科す。

このような政策で、差別的な経験の減少は期待できると私は思う。その現象が実現されれば、次回の調査で問題の重点が変わると予想できるので、次回の結果に基づいて、それからの政策を決めるべきだ。今回の政策で差別を完全に撲滅できるわけはないので、段階的になくすのは良い。

神社と外国の観光客

5月11日付の『神社新報』の「杜に思ふ」欄では、神社へ参拝する外国人の観光客についての記事が載っていた。この記事によると、訪日来客は増えているそうだし、神社に参拝する人も増えているそうだ。これは驚くほどではない。外国からの観光客は、日本の独特の文化に触れたい人は当然多い。特に、東アジアからの観光客にとって、仏教は日常的だが、神道は日本らしいだろう。だから、神社に足を運ぶのは当然な行動。秋葉原に行って、メイド喫茶を見る事と同じ感覚だろう。

もちろん、神社の対応は問題になる。全ての観光客には英語ができたら、神職には英語を学んでもらっても良かろうが、そうではない。英語、中国語、韓国語、ベトナム語、などなどを学ぶのは到底無理だ。神職が観光客の母語で対応することは現実的ではない。そして、多言語への翻訳には、費用は高額になってしまう。明治神宮であれば、当神宮を紹介する栞を用意して、配布することはできるだろうが、ほとんどの神社はできない。だから、神社本庁は共通の栞を用意して、各神社に配布した方が良いと思わざるを得ない。

その栞の内容をどうすれば良かろう。もちろん、個別の神社について書けない。そして、神宮について書かない方が良いと私は思う。東京の神社を訪れている観光客は、三重県の神宮についての栞を見たら、戸惑って、戻すに違いない。その場で役に立つ内容は一番だ。

では、それはなんだろう。まず、神社は宗教施設であるので、敬意を表しながら見るべきことを明記する。その上、参拝者の宗教を問わずに受け入れることも明記する。自分の宗教のために入らない人もいると思えるが、神社側からの拒否はないことを説明した方が良い。

そして、神社の仕組みを説明する。本殿には神様が鎮座すること、そして参拝する方法を教えたら良いのではないか。手水の作法と礼拝の作法を絵を使いながら説明すれば、観光客も参拝できる。お札やお守りと絵馬の役割と種類を説明するのも良い。そうすれば、参拝者は適切なお守りを選ぶことはできるし、絵馬に記入することもできる。

このような内容は、三つ折りのA4の1枚に入ると思うので、それで充分だ。さらに詳しい情報があるホームページを紹介したら、特に興味を持つ人はさらに調べられる。長くないので、多言語に訳してもらうことにも現実的な金額になるだろう。必要な言語は英語、中国語(簡体字も繁体字も)、韓国語だが、それにとどまらない方が良い。官公庁のデータを見れば、タイ語、タガログ語、ベトナム語、インドネシア語、マレー語、フランス語とドイツ語を加えたら良さそうだ。日本語版も置いたら良かろうね。

このような資料があれば、少なくとも適切な参拝ができるし、適切なお守りを受けることもできる。それは、観光客に対して期待できるレベルの教化であると私は思う。

言葉の壁

外国人市民の実態調査で浮き彫りになった問題は、言葉の壁だった。日本語が問題になっているのは驚くほどではないが、それでも取り組むべき問題である。自由記述欄で、外国語ができる職員を区役所などに配備するような要求がったが、それは難しい。なぜなら、外国語ができる日本人はそれほど多くないからだ。確かに、日本人の外国語力を強化するのは良いことだし、教育制度などで取り組むべき課題だと私も思うが、成果が見えてくるのは早くても10年後だろう。現実的に考えたら、2050年の目標になる。2050年までに日本人のほとんどは日本語と一つの外国語ができたら良いと思うが、それは今の川崎市の外国人市民の問題を解決しない。短期的な解決策を考えなければならない。

一人の外国人市民の立場から見れば、長期的な解決策は日本語を学ぶことであるので、川崎市がその支援を強化すれば良かろう。特に学校に入る子供の日本語支援を強化するべきかと思う。支援は今でも存在しているが、数ヶ月で終わるし、週に一回か二回になるようだ。子供が学校の授業についていくための日本語は、それほど簡単に身につけられない。特に中学校に入った子供の場合、日本語の駐中的な教育はないと、進学できるはずはない。子供は、親の意志で日本にきたので、難しい環境は子供の責任ではない。お金は必要だが、他の特別なニーズがある子供のサポートと同じようだから、予算を捻出するべきなのではないか。

大人の問題は別だ。大人は、自分で日本に来ることにした。(今のところ、難民の場合を除く。難民に対してどうやってサポートするべきかは、大きな問題だが、日本にいる難民は少ないので、川崎市が取り組むべき問題として、優先順位はちょっと低い。)だから、日本語を学ぶのは本人の責任である。そのため、有料の教室があっても良い。ただし、働いている人も通える教室を用意するべきだろう。例えば、週末の教室と夜の教室、そして早朝の教室。その上、上級の日本語までの教室が整っているように保障するべきだ。ここで「上級」というのは、一応日本語能力試験の1級を指すとしよう。このような教室は今の所存在しないようだから、川崎市が開校に努めた方が良かろう。

日本語教育は重要だが、いつでも日本に来たばかりの外国人市民もいるはずだ。勉強しようとしても、しばらくの間まだ途中になる。その間のために、多言語の資料などは確かに必要である。しかし、翻訳にはお金がかかるし、良質な翻訳は入手し難い。だから、一気に全ての資料を多言語化できるわけではない。これで、優先順位を考えて、順次に進めるべきだ。

また考えなければならないのは、行政が管轄しない分野である。例えば、食料を買うことは、誰にも重要であるが、市はカテゴリー別の食料翻訳と商品の紹介はできないだろう。資料が重くなるし。銀行と電気なども同じだ。市の行政はどうやって民間と手を組んで、このような問題と取り組めるかは、考えたい。

言葉の壁は大きな問題だから、色々な側面から取り組んで、解決を探るべきだ。すぐに解消できるわけではないが、小さな改善でも、外国人市民の生活へ良い影響を与えるのではないか。