パソコンの修理

私の主なパソコンのハードディスクには、問題がある可能性は発覚されたそうだ。それは、私のパソコンを特定して指摘した問題ではなく、同じ商品の作成には問題があったことはわかり、すべてのハードディスクを交換することになっている状態だ。仕事の大半はそのパソコンでやるので、ハードディスクが急に壊れることは避けたいと思うので、無償の高官プログラムを利用して、直してもらう。

ただし、そうするために送らなければならないし、送る前にしっかりバックアップして、ハードディスクのデータを削除しなければならない。安全な削除には非常に時間がかかるので、それにも一日がかかった。もちろん、修理済みのパソコンが戻ってきたら、バックアップから再現しなければならないので、それにも時間がかかることは予想できる。修理には3日から5日がかかる見込みだそうだから、合計で5日から7日使えないだろう。面倒くさいなとふと思ってしまう。

もちろん、仕事の合間を狙ってこの修理を願ったので、深刻な問題にはならない。編集はできて、提出しましたし、執筆には休憩をとろうとした1週間だから、仕事への影響を最低限に抑えるつもりだ。

それでも、このブログをパソコンで書くので、しばらくの間投稿が短くなったりする可能性もある。やはり、慣れてきた道具がなくなると、仕事は意外と難しく感じられる。もしかして、パソコンが戻る前に、もう一つのパソコンに慣れてしまうだろう。そうなると、投稿がまた長くなるかもしれないけどね。

広島県の避難所

先日、広島県の災害時の避難所についての報道があった。去年の土砂災害を受けて、土砂災害警戒区域を検討したそうだが、その結果24箇所の避難所は、土砂災害の場合の安全は保障できないことを判明して、避難所指定の解除手続きに着手したそうだ。これは適切なことだと言える。

しかし、追加の報道によると、洪水などの他の災害時には、まだまだ避難所として使うそうだ。

それは大きな間違いだと思わざるを得ない。

なぜかというと、避難する時はそもそも落ち着いて行動する時期ではない。もちろん、理想は落ち着いて焦らずに避難することだし、住民の一部はそうするだろうが、慌てて避難するは少なくないことは決まっている。慌てて避難すれば、近所の避難所に向かう。「今の災害はなんだったっけ?この災害は、いつもと違う避難所だったっけ?どこに行ったらよかったかな?」とさえ思う人は少ないだろう。だから、慣れてきた前からあった避難所に向かう人は多いと予想できる。その避難所には紙を貼って、別な避難所へ案内することは確かにできるが、大雨の中で方向を改めることなどは、さらに混乱を招くと予想できる。

そして、この変更を知らせる措置はどうすれば良かろうか。川崎市で外国人市民の意識調査で、代表者会議のことを「知っている」か「聞いたことがあるがよく知らない」と答えた人は、51%に止まった。しかし、すべての川崎市に住む外国人には、2回にわたって郵送で代表者会議についての案内を送ったことはなる。(それは、応募を促すためだった。)つまり、広島県がすべての対象となる世帯に2回お知らせを送ったら、50%ぐらいが避難所の変更を把握すると予想できる、そのお知らせの内容は「土砂災害の場合はこちら、その他はあちら」のようなややこしい内容であれば、代表者会議について「知っている」と答えた20%が理解するだろう。

近所に避難所案内板を設けるのは良いが、これもややこしかったら効果が低迷すると予想できる。

要するに、まず避難所を1箇所にまとめるべきであると思う。災害はなんであっても、同じ場所へ避難することを促すべきだ。そして、情報伝達に力を注ぐべきだ。代表者会議は確かにわかると良いが、わからなくても、生活に大きな影響はない。しかし、避難所の場所は死活問題だ。わかってもらうまで情報を発信する義務があると思う。そのために、思うより回数が必要であれば、それは現実だ。「多くの人は県からの手紙をちゃんと読まないので、死んでも良い」とは到底言えない。

確かにこれは簡単ではないがだろうが、必要だ。もしかして、この検討はもう広島県で始まっているが、そのようなことはニュースに報道されない。しかし、川崎市の委員会で実感したのは、行政がただ施策を実施することで問題が解決されるという考え方は、大きな間違いである。

発表会の感想

先日は、真由喜の日本舞踊の「ゆかた会」と言われた発表会があった。小さな舞台を借りて、先生の一門のお稽古の成果を披露した。私には仕事があったので、最後まで出席できなかったが、真由喜が出た前半のすべては見えた。普段、私は真由喜と一緒にお稽古に行くので知り合いの人は少なくなかったが、特に上手にできた方もいた。次回会えば、そう伝えたいと思う。

さて、私の感想はどうだろう。まずは、真由喜が上手にできたと思った。親だから当然だろう。確かに完璧ではなかったが、間違いがあったら何も表情に見せずにまた音楽に合わせて続けたので、精神は素晴らしかった。その上、間違いは少なかったし、お稽古でよく問題になった点を完璧にできたこともあったので、私は喜んだ。本人も、その日についての「一行日記」で「せいこうしてよかったです」と書いたので、本人も成功に終わったと感じたようだ。それも嬉しい。

そして、これでホッとしたこともある。真由喜が日本舞踊を始めたのは、4歳の誕生日の直後だった。2年間続けば、毎回ぐずるようになった。「やりたくない。バレエやりたい」と訴えた。もちろん、説得に努めたが、結局納得してもらえなかった。だから、止めさせてあげた。その当時は、正直に言えば私はちょっとがっかりした。真由喜の踊りは美しかったし、2年間の努力もあったので、続けて欲しかった。先生も同じだった。しかし、6ヶ月が経てば、真由喜が日本舞踊に戻りたくなった。そして、お稽古への態度がより真剣になって、積極的になった。やはり、やめさせたから親によって強制的にやらせた習い事から、自分で選んだやりたい習い事になった。それは発表会を見て、痛感した。嬉しい限りだ。

もう一つは、真由喜への反応だ。真由喜が現れたら、「可愛い!」との声はけっこう聞こえたし、踊り終わったら大きな拍手が湧き上がった。その上、私の隣に座っていた方は、自分の友達へ「上手だね。偉いね。」と呟いたし、休憩に入ったら私に直接に「お嬢さんですか?素晴らしいです。」と言ってくれたし、私のところに来た真由喜にご褒美のお菓子を下さった。このような暖かい反応も嬉しいし、いつものような受け入れ方だ。

今は特に嬉しかった。なぜなら、最近ネットで、日本でハーフがひどい差別を受けるとの記事が見えるからだ。例えば、宮本エリアナがミス・ユニバース・ジャパンになったら、ハーフであるので日本の代表にならないと訴える人もいたので、それは海外でかなり取り上げられ、ニューズウィークのウェブサイトまで載った。私は、そういう経験はあまりないし、ゆかた会での真由喜の受け入れもそうではなかったので、やはり日本でハーフに対する偏見があるとしても、一般的ではないと言えよう。これも、良かった。