「神産霊神社」

ちょっと前に、勉強している知識を積極的にかつ創造的に使うことは理解への道であることをこのブログで書いて、神道についての勉強も同じように使いたいとした。これから、時々このブログでそうすることにした。

するために、架空な神社を見立てる。架空な神社を使う理由は二つある。一つは、本当に存在する神社を勝手に使うわけにはいかないことだ。素朴な理由だ。もう一つは、存在する神社にはその神社の歴史や伝統があるので、歴史と伝統を尊重するのはとても重要である。しかし、勉強した内容を創造的に使用するために、自由に神社の祭りや行事を想像しなければならない。だから、白紙の神社は必要だ。そして、架空な神社であれば、予算の問題もないし、過疎化や過密化の問題もないし、地形は自由に想像できる。何回も修正することもできるし、例えばお祓いについての新しい発見があれば、神社のお祓いの儀式を根本的に修正することはできる。実現するつもりがあるわけではないし、実現できない側面もあるかもしれないし、実は勉強のためだけのことで、現実にしたくない要素もあるだろう。ただし、具体的に理想や概念をどうやってある神社で具現化するかと考えれば、理解が深まると思う。

そして、私にとって楽しいことだ。このブログを私が楽しまないと意味はないしね。

この神社は、「神産霊神社」と名付ける。読み方は「みむすびじんじゃ」。「神」の漢字は「み」と読まれることは神道関係である。例えば、「神札」は「みふだ」で、「神輿」は「みこし」。「神饌」は「みけ」、「神酒」は「みき」。「産霊」を「むすび」と読むのは神道で通常である。「神社」はもちろん一般的である。

主祭神は高神産霊神(たかみむすびのかみ)と嘉神産霊神(かみむすびのかみ)とする。漢字の表記は独特だが、読み方から考えれば、古事記で造化三神の二柱であるし、高神産霊神は高御産霊神や高皇産霊、高御産巣日などの表記と高木神の別名で天孫降臨の神話で出てきて、邇邇芸命のお母さん神の親神であるし、嘉神産霊神は神産霊神や神産巣日などの表記は様々だが、大国主神を蘇らせて、少彦名神の親神でもある。古事記の最初の文章によると、こと二柱の神は男でも女でもないそうだが、高神産霊神を男神として、嘉神産霊神を女神として描写することは多い。

この神様を御祭神として選んだ理由は三つある。一つは、記紀神話の二つの流れと深く関わることで、神話全体の象徴にもなることだ。また、「産霊」の信仰は、神道の根元にあるとされているころ。そして、私は想像を意味する「産霊」の概念は個人的に好きであること。

御祭神はもちろん祭祀に影響を及ぼすが、摂社と末社も想像すると思う。(境内地の限度もないし。)この架空な神産霊神社で、私の神道の理解を展開させたいと思う。


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