基礎研究と国際共同研究

先日、Natureが国際共同研究についての報告書を出版した。日本は、世界的に8位である。日本の研究は国内向けであるイメージがあるが、それは必ずしも妥当であるわけではないことがわかった。それに、考えさせられた。

共同研究の重要性を前にもこのブログで訴えた。国境を越える強い絆を築く行動で、世界の共栄共存に貢献するし、国の影響力も強めると思われる。それに、国際共同研究から発生する発見は、特に影響力のある成果になる傾向は認められている。さらに、研究のインフラはまだ発展途上である国との共同研究で、相手国の研究施設の発展にも貢献するので、友好関係を築くことにはよくに有効であろう。

そして、数回触れたと思うが、基礎研究の国家の助成金を正当化するのは難しい。国家の資金は、強制的に住民から取られるので住民の自由を増やすことにしか使うべきではないと思う。原則として、国家の行動はそのような目的に向けるべきであるからだ。基礎研究は、直接に住民の自由を増やさない。間接的にそうするのは確かだが、より効率的に自由を増やす道があると思われるので、基礎研究は許されないだろう。基礎研究を可能とすることは、自由を増すことであるので、基礎研究に必要な道具などを低価格で提供する研究開発を援助するのは大丈夫かもしれないが、基礎研究自体は難しい。

しかし、今回思いついたので、共同研究と基礎研究を結びつくことである。共同研究から自由に貢献する成果は内容を問わずに期待できる。その上、その成果は短中期的である。一部は海外での自由だが、国家は専ら自国民の自由に尽力するべきではないし、事実上そうすれば自由が制限されてしまう。(シリアへ旅する自由は、今の所日本人にはない。)そして、長期的には基礎研究が自由を思うの他拡大することはある。短中期的な効果はなければ、足りないだろうが、短中期の利益も期待できれば、得たいことである。

だから、基礎研究の助成金の条件は、国際共同研究であることにすると良い。相手国を原則として規制しないが、場合によって他の目的に達成するために条件を設ける。例えば、アジア太平洋地域との連携を強めるために、東南アジアとの共同研究を特に促進する基金を設置することもあり得る。実は、東南アジアやアフリカで、研究インフラはまだ弱い国との共同研究によってその基盤を固めるようなプロジェクトは日本のためにも世界のためにも良いのではないかと思う。

この方向でさらに考えたいと思う。