神道の倫理的な立場

神道が戒律を避けたら、倫理的な立場をどうすれば良いのだろう。「元に戻るべき」とか「本来の自分に戻る」というのは良いが、その「元」の内容を考えないと、結局何もない。「元」は大虐殺を犯す人であれば、戻らない方が良いとしか言えない。神道的な考え方であれば、どのような「元」は良いだろう。

これは、機械的に一つの正解を出すための仕組みではない。それより、重要な価値として抱えることを指摘するのは適切だ。そのため、複数の概念を掲げても良いと思われる。その比重などを決めるのは、知恵の役割だし、元に戻る儀式の目標の一つでもある。

一つの重要な考えは共存共栄や共同体の重要性である。つまり、自分一人の利益のために動かない。周りの人と共存できる配慮して、何かを築くために手を組むことは重要である。

そして、神道には自然崇拝の要素は大きい。そのため、共存共栄は人間に限らずに、周りの自然現象との共存も考えなければならない。これは、最近話題となったいわゆる環境倫理に深く結びつくのは言うまでもないだろう。神道の信仰の歴史には、動物は神の使いとして見なされたが、滝や山などは神そのものになったこともある。つまり、神道では、生きている自然だけではなく、すべての自然現象と共存するべきであると言える。歴史的に見ればこの理想に達したとは言えないが、理念としていいと思う。

それに、祖先崇拝も神道の重要な一部である。神道の中心は自然崇拝か、祖先崇拝かを論じる学者もいる。ここで、優劣を決める必要はないが、祖先崇拝はどのような理想になるかは、考えなければならない。まずは、生きている祖先を尊敬することだろう。そして、歴代の祖先を尊敬することも重要なのだろうが、具体的にどうすれば良いかは、明らかではない。一つの可能性は、祖先から受け継いだ伝統を次世代へ渡すことだろう。歴史を理解することも、ここで重要であろう。

伝統と歴史を組み合わせたら、日本の文化も重要であると言えるだろう。神道は所詮日本の固有宗教であるので、神道の倫理観の一部には日本の文化を生かすことを取り入れると良いのではないか。

最後に、神様によっての異なる理想があるのではないか。例えば、天神様であれば、学問を重視するのは当然だし、弁財天様やアメノウズメ様の場合、芸能を励む。産霊の神の信仰で、創造を重視する。宗像三女神なら、航海などの旅は重要だが、恵比寿様や稲荷様は商売を重んじる。これで、神道の倫理観は、八百万の神様によって、多様性を導入することは簡単にできる。

これから、この理念を具体的に考えたいと思う。

元素の命名

先日よく報道されていたが、113元素の発見は、日本のリケン研究所の成果であることはIUPACに認められ、日本には命名権が与えられた。適切な元素の名前をめぐって議論があるが、ここでそれについて書きたいと思う。

まず、Natureでの記事で、ある記者がその選択肢について論じた。この主張によると、国家主義などを避けるべきで、四つの新しく命名される元素の一つには普遍的な「Levium」という呼称はいかがかという内容である。Leviumの普遍性の根拠は、Primo Levi氏にちなんで、科学者で、『The Periodic Table』という本で化学についての最高の文学を著したし、それにアウシュビッツでの体験についても語った本を著したので、人間性をよく表す化学者であったため、元素の呼称になるのは相応しいと言っている。

確かに相応しいと私も思う。ただし、普遍的であるとは思えないレビ氏は欧米人で、欧米の悲惨の歴史に巻き込まれて人間の精神の強さを表現した。その強さは確かに普遍的であるが、レビ氏の表し方は欧米文化に根ざしている、普遍的ではない。だから、記事の中で「Japonium」という呼称に反対を明記しても、Leviumは113の呼称として相応しくないと思う。アメリカの研究チームが使ったほうが良いと思う。日本の研究者は、日本の文化に根ざした呼称を選んだほうが良いと思う。

では、具体的に何が良いのか。実は、私もJaponium(日本素)には抵抗感を持っている。まずは、確かに国家主義の香りがある。フランズ素やアメリカ素は存在しているが、イギリス素は存在していない。イギリスと日本の奥ゆかしい性格にはふさわしくない呼称であるといえよう。そして、113は不安定な元素である。作ったら、10分以内なくなる。これほど不安定な元素に日本を例えるのは好ましくないだろう。

それでも日本の文化から相応しい呼称はないだろうか。実は、あると思う。寿命は短いのに、いや、短いからこそ愛でられている存在はある。それは桜である。桜の花は113素のようにすぐに散りゆくがそれこそが魅力になる。そして、花として日本を象徴する存在である。日本との関係は不明であるとは到底言えない。だから、日本人の元素学の偉大な研究者の名前を使わなければ、「桜素」、英語のSakuriumは良い呼称だと私は思う。日本の文化を表現するし、国家主義の匂いはあまりないし、そしてSakuriumは言いやすくて、響きも悪くない。

残念ながら、決める委員会に提言する資格は持っていないので、このブログで発言することに留まる。

ハワイアンズ

今週の月曜日は真由喜の小学校の振替休日になったので、二人で旅行に出かけた。今回は、真由喜が選んだ行き先だったので、いわき市にあるハワイアンズに一泊してきた。いつもの通り数ヶ月前に予約したので、真由喜が旅を相当楽しみにしいた。しかし、出発日が近づくと、天気予報が怪しくなってきた。前日になったら、予報を何回も確認して、真由喜に行けなくなる可能性を言った。だから、日曜日になったら、窓の外を心配しながら見た。

雪はなかった。JRのホームページで確認したら、雪が問題になっていなかった。踏切の問題で遅れが出ていたが、私たちが予約した列車まで影響は及ばなかった。だから、喜びながら、予定通り出発した。最近、いわきまでの特急列車ひたち号が品川駅から始発するようになったので、上野まで行く必要はなかった。2時間30分ぐらいの道のりだが、特急で快適にできた。下車は湯本駅だが、降りたら真由喜にはホームの足湯が気になった。あいにく、ハワイアンズへのバスに乗らなければならなかったので、その時試すことはできなかった。駅からハワイアンズまでのバスは無料だし、特急に合わせられるので、簡単に行けた。(ところで、新宿からの無料送迎バスもあるようだが、真由喜はバスで酔ってしまうので、主に電車にした。)

ハワイアンズで、すぐに提供された服に着替えて、お昼を食べに行った。ちょっと遅めに着いたので、営業中の飲食店は少なかったが、蕎麦屋さんはやていたので、真由喜が好きな食事はできた。(ところで、部屋番号で支払えたので、便利だった。)そして、部屋に戻って、水着を持ってプールへ向かった。プールで、「フィシュ・ゴ・ラウンド」という流れるプールがあるが、真由喜が気に入って、735回回った(と感じた)。浮き輪に浮いたり、ゴーグルをして潜ったり、ビーチボールをお互いに投げたりしたので、楽しかった。

晩御飯はバイキングだったし、真由喜の好きなポテトや唐揚げもあったので、真由喜は大満足だった。野菜も食べたし、私に「もっと野菜を食べなさい」とも戒めた。晩御飯の後で、夜のフーラガールショーに遅れそうだったので、ダッシュで会場に向かった。2階に上がることになったが、結局ちゃんと見れた。やはり、日曜日の夜は、それほど混んでいない。それでも、1階で座席は取れなかったので、客さんは結構いた。

ショーで、真由喜にはファイヤナイフの踊りが特に気に入ったようだ。その演奏で、火を手で取ることもあったので、驚いた。そして、火の妖精と氷の妖精が出た踊りも印象的だったようだ。

次の日の朝ごはんの後で、施設が開くまでに出る準備をして、開いたらすぐに流れるプールに入った。また数百回回った(はずだ)。そして、記念写真を撮ってもらって、お昼を食べて、またショーを見た。ショーの後で、帰る準備だった。帰りで、湯本駅で待つことになっていたので、真由喜はやっと足湯を試すことはできた。気持ちは良かったそうだ。

真由喜はいつも1泊の力の短さを嘆くが、やはり短く感じるね。その一方、ちょうど私の週末に入れたことは良い。そして、平日のハワイアンズはちょうどいい混み具合だった。寂しくなかったが、お昼の飲食店でも3人程度待てば注文できたし、座る場所も取れたし、プールで自由に遊べた。今年の春の親子旅行はかなり前倒しになったが、戦略として良かった。

では、次回を考えなければならない。