選択肢の均衡

先日のラジオニュースで、厚生労働省の調査の結果は紹介された。それによると、低所得者の健康状態の方が悪いそうだ。特定健診を受けない傾向は強いし、食事バランスも悪くなる傾向があるという。このような問題が発生すれば、解決策が打診されるが、自由主義の立場から見れば、低所得者に行政が好む行動を強いるかのように見えることは多いので、慎重に考えるのは当然だ。一方、低所得者にさらなる不利益が付いてしまうこともよくない。自由を尊重しながら、良い環境を提供するのは理想的であろう。

だから、この問題について考えた。食生活についてよく言われているのは、健康に良い食べ物、例えば野菜と果物は価格が高いし、調理時間も必要だ。だから、健康な食事をするか、すぐに低価格で取れる食事をするかという選択肢になってしまう。これはよくない。経済的な余裕は少ない人は、安い選択肢を選ぶのは当然だし、批判できないだろう。つまり、お金は少なかったら、健康に良い食事か、子供の教育かという二者択一の問題が迫ることも考えられる。もちろん、そうではない場合もあるが、趣味のためのお金も重要だし、自由主義の元で人のお金の使い方を自由にするのは原則である。問題は、二つの好ましいことがあるが、同時に入手できない状況だ。要するに教育にお金を使うのも良いし、健康的な食べ物に使うのも良いが、両方はできない。

行政が関与して、選択肢の均衡を保ったら、どうだろう。例えば、脂肪や砂糖が高い食べ物に課税して、その税収で健康に良いものの消費税の軽減税率を充実する。砂糖は多い食べ物の消費税率は20%で、果物は非課税であったら、値段の差がかなり縮むに違いない。そうすると、砂糖の多い食べ物を食べたい人はまだ問題なく入手できる。確かに値段がちょっと上がるが、禁じるほどではない。一方、果物が安くなる。だから、チョコレートとみかんの値段が同じになるので、健康を優先したい人は、経済的な問題を考えなくても良い。

しかし、これで選択肢は取られていない。チョコレートを食べたい人は、同じ値段でチョコレートを食べることはできる。値段の差がなくなったことは、チョコレートを難しい選択肢にしない。このような方針は、差を縮むことに留まったら、国民の行動を左右すると言えないだろう。

もちろん、実践を考えれば問題は多い。例えば、値段をちょうど同じとするのは難しい。そして、値段以外の差がある。例えば、通勤に自転車を使用する選択肢はあるが、車より時間がかかるし、雨が降ったらびしょ濡れになってしまう。このような差も行政に取り組めるが、解決のは簡潔ではない。そして、すべての選択肢を均衡とするのは事実上無理だから、政府が好ましい選択肢を選んで、付属の不利益を払拭しようとする。その選択肢を国会などで民主主義の結果で選ぶべきだと思う。

重要なのは、好ましくない選択肢に比較的な不利益をつけないことだ。つまり、健康に良い食事はもう安かったら、さらにチョコレートに税金を課さない。好ましい選択肢の不利益をなくすには、もう充分な関与があるので、それ以上を控えた方が良い。

詳細をさらに検討しなければならないが、このような方針で自由に抵触せずに好ましい行動を促進できるのではないだろうか。