Ars Magicaの経験

既刊のArs Magicaの本の全て去年の大晦日を以て、Ars Magicaの監督役を退任した。14年間の大仕事で、左で5版のほぼ全ての本が見える。(最後の1冊は後ほど刊行される。)これは、重要な経験になったと感じる。

まず、Ars Magicaを監督することは、10代の夢だった。「Ars Magicaの監督だったら、こうしたいな」と思ったが、叶うとは思わなかった。アメリカの出版社だったし、私はイギリスで住んでいた。どうやって監督になれるかと思った。しかし、現実になった。実際に監督になったら、10代に想像したことは一つもしなかったのは言うまでもないだろうが、若い頃の夢の一つが叶ったのは私にとって大きい。

そして、作り出した本を誇りに思う。私の執筆は本当に限られているが、監督しましたので最終責任は私のものだし、本の概念と概要も決めたし、執筆の詳細にも大きく関与したので、私の想像が大きく反映されている。しかし、私一人だったら、Ars Magica5版は到底出来なかった。執筆の量は問題の一部だが、一部に過ぎない。根本的な理由は、他の作者が重要なアイデアを持ってきたことだ。複数の人のアイデアが一つの作品に融合することで、一人の想像力をうまく超える成果になった。

正直に言えば、最近Ars Magicaを遊びたくなくなったが、それはゲームの内容の問題ではない。むしろ、14年間監督として働いてきて、Ars Magicaがもう仕事になったので、リラックスして楽しむことが難しくなってきた。しばらくすると、またやりたくなるに決まっている。その芽生えはもう見えているし。そして、内容が多くて、見捨てたいところは一つもないので、どう遊ぶかも難しい問題だ。一部しか出来ないが、どこの一部を選ぶかは、決められない。ところで、それは退任した理由の一つだった。本の量が問題になってきている。他の人も同じように考えているようだ。一方、ヨーロッパの5版で描写されていないところはまだ残っているので、それを完成したい気持ちもあった。

では、軌道に戻ろう。また重要な経験は、人の管理業の経験だった。作者は十数人いたので、その軋轢を緩和したり、それぞれの作品の噛み合わせを確保したり、新しい人を育成したりすることは大事だった。その上、脅かす力は全くなかった。生計を立てるための仕事ではないので、趣味としてやった人ばかりだった。趣味としてやっている人を強制的に働かせるのは難しいといえよう。だから、作者の同意をいつも維持することは重要だったので、そのやり方も学んだ。もちろん、失敗はあったが、完全に作成を辞めた人は一人しかいなかったし、それは仕事についたばかりの10年以上前の話だ。技術を身に付ける前の時点だった。

それだけではない。厳しい批判への対応も学んだ。TRPGの経験は持っていない人は想像できないだろうが、ファンの劇的な批判、というより攻撃は業界で有名である。ファンを解雇したいという作者は度々いる。このような反応に応じる方法を学ぶのは貴重な機会だったし、将来に行かせることだと思う。

そして、Ars Magicaの作成で、私の作りたい作品を一つ世に出せた。その経験で、これから作りたい作品の像が明らかになったので、将来の土台にもなっている。

本当に感謝の気持ちでいっぱいである。