『「鎮守の森」が世界を救う』

この本の内容は、タイトルから分からないだろう。実は、平成26年6月に伊勢市の神宮会館で開催された会議の記録のような一冊である。この会議は、神社本庁が主催したが、宗教的環境保全同盟の国際会議だった。神社関係者はもちろん、国連開発計画総裁特別顧問や高野山真言宗管長も、彬子女王殿下も講演したり、パネルディスカッションに参加したりした。この本の内容は、その発言の編集された記録である。

彬子女王殿下のご講演の内容をお読みいたしたら、面白くて、やはり本もお読みしたいと思ってきた。オックスフォード大学でお勉強になられたそうだから、イギリスについてのご印象をお読みさせていただきたいと思う。

そして、高野山真言宗管長の松長氏の講演も興味深かった。これで、石などにも魂があることは、真言宗や天台宗の仏教には重要な教義であるが、大陸の仏教には見えないという。この教義は、神道の影響から発生したと松長氏が述べたが、確かにそのように考えられる。神道と日本仏教の関係は興味深い問題である。理由は複数あるが、一つは1200年間神仏習合で、密接な関係を持って、お互いに影響を分かち合ったことだ。現在の神道は、仏教抜きにわかるはずはないし、日本仏教も神道抜きに分からないだろう。そして、特に欧米の学界では、近世以前の神道を仏教の一種として捉える傾向は強いが、本当にそうだったのかは、疑問を抱く。このような事実は、関係を明かすことに役にたつと思う。

それに、神社関係者が環境問題の立場から神道のことを論じた。自然崇拝で神道の源泉が見えると述べる内容もあるし、神道の自然との共存を称えることを掲げることも多い。神道では、人間の自然の一部で、自然によって生かされると言われるので、自然を支配するわけにはいかない。自然には恵む側面もあるが、患う側面もあるが、それは自然だから、共存しなければならない。

特に考えさせられた点もあったが、それは最後に田中恆清氏、神社本庁の総長の記事の中だった。それで、「地球を救おう」という言葉に違和感を持ったことだ。人間の力は、自然に及ばないと強調した。ある意味で、それはごもっともである。しかし、人間の行動は、地球規模で環境へ影響を及ぼしている。地球の一次生産の半分ぐらいはもう人間によって占められているそうだし、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出で平均気温を上昇させている。これで、人間の生活や文明に大きな被害をもたらす恐れがある。しかし、これは、自然災害のように考えたらよかろう。つまり、防災の対策と同じように、気候変動の影響を軽減するための措置を設置するべきだろう。

もう一つは、いつもの「神道には教義や経典はない」という主張だった。そして、教義はないので、教義から発生する論争もないという主張もあった。私もそう思うが、そうであれば例えば夫婦別姓に反対する根拠はあるのかと思わざるを得ない。神道の寛容性を謳うことは多いが、それと齟齬する活動も見える。私にとって、この本に描写された神道は大変魅力的であるので、このような神道の発展に貢献できればと思う。