グラビアは私にとって問題である。なぜかというと、批判的な態度を持っているが、その根拠ははっきりしていないからである。批判する根拠がわからない場合、それは危うい。ただの偏見である恐れがあるし、社会問題に展開する場合さえある。だから、このようなことになったら、根拠について考えるべきだと思う。従って、この投稿でそうする。
まず、重要な点は社会の態度である。社会は一般的にグラビアやグラビアアイドルを評価しない。真由喜をさせない理由に、これが足りる。社会の態度は間違っていると言えても、真由喜を勝手にその批判にさらすわけにはいかない。一方、社会の態度は正しいとは限らない。歴史的な例は山ほどあるので、列挙する必要はないだろう。だから、私の態度を決めさせるわけにはいかない。本当の根拠を考えなければならない。
そして、綺麗な女性の写真を見ると嫌な気持ちになることもない。ビキニ姿、下着姿、ヌードでも、嫌にならない。他方の例として、ホラー漫画を見ると嫌な気持ちになることは多いので、好きではないし、ちょっと批判的な態度を持っている。しかし、それは好みの問題だから、強く批判しない。
それに、前にもここで述べたが、性的な行為は邪悪であると思うこともない。グラビアは性的な行為と密接するのは明らかだが、私にとってそれだけで問題にならない。
これも前にも触れたような気がするが、グラビアには低質の作品は多い。その理由の一つは、綺麗な女性の写真を撮るだけで完成だから、さらに力を注ぐことは少ないからだろうと思うが、正直に言えば何の分野でも低質な作品は多い。グラビアには詳しくないので、低質の割合は特に高いかどうか、わからない。それはどうなっても、私の批判的な態度は、作品ごとの品質に基づいた判断ではないので、その作品の概念から発生するはずだ。
同じように、出る女性の扱いは良くない場合は多いと言われるが、それも全てであるとは限らないし、必然的なことでもない。出版の契約の経験はあるので、すぐに公平な契約に思いつく。一方、キャリアになれないことだ。しかし、そのような仕事は多い。コンビニでのバイトなどはそうであるが、批判的な態度を特に持っていない。社会の批判はなかったら、グラビアは大学生のバイトとして適切だろう。時間はそれほどかからないし、お金にもなる。もちろん、労働条件の改善は必要だが、コンビニなども同じである。それはグラビアの特別な問題ではない。
やはり、内容を考えれば、候補は一つしかないだろう。グラビアで、女性が自分の体を不特定多数の人の色欲の的として提供する。それに抵抗感があるだろう。しかし、抵抗感を持つ根拠は依然として不明。女性がそうしたいのは大前提だが、そうであれば、問題は何だろう?確かに人間は体だけではないが、体は人間の一部だし、人によって目立つ才能は体の形成である場合もある。体が優れる人を軽蔑するべきではない。
やはり、偏見にすぎないような気がする。そうなら、どうしたら良いかは、考えなければならない。