秘儀の意義

では、秘儀を導入することにしたが、その根本的な理由は何だろう。

まず、神道の伝統はとても重要である。秘儀の神事は多いのだ。例えば、神宮の式年遷宮の木本祭(このもとまつり)は秘儀である。この祭りは、心御柱の材料となる木の魂を慰める目的があると言われるが、奉仕する神職以外、誰も奉拝できない。遷宮の遷御の儀も、奉拝できないところは多い。他の神社にも同じようなことは見える。神産霊神社では、神道の流れを汲むつもりだから、秘儀もその一部である。

しかし、伝統を受け継いだら、その伝統の意味も分かった方が良い。伝統を守ったら、どういう影響があるのかは、重要である。場合によって、その影響を考えて、伝統を廃止することもある。

秘儀には、主に二つの影響があると思う。まずは、秘密は人間にとって魅力的である。秘密と謎を探求する人は少なくないし、何かの特別な情報を得ることを楽しみにする人も少なくない。一般の人にさせられない経験を味わうことは、関心を集める。しかし、この効果は明らかに完璧な秘密の場合はない。完璧な秘密であれば、誰もその存在を知らないので、魅了されるはずはない。つまり、秘密の存在を披露するが、その内容を守秘する。

この効果は、まだ奉仕できない人に対する効果であるが、もう一つは奉仕する人に対する効果である。

氏子祭の投稿でも強調したが、祭りは非日常であることは重要である。祭りが普通になると、緊張感が緩めるし、心が込まなくなる傾向がある。だからこそ「初心を忘れずに」と言われるが、それを実施するのは難しい。儀式を秘密とすれば、神秘性を増すことになると思う。奉仕する人はもちろん内容がわかるが、他の人は知らないことは知っているので、それで特別感が湧いてくるのではないか。

この二つの理由はそもそも同じであると言えよう。つまり、秘儀であることは、神事を日常から乖離する効果がある。神秘性を保つ。

神道で、潔斎などの儀式を考えれば、このような乖離の重要性が分かる。神様の神聖な場所は禁足地になるのも同じ概念であると思う。足が踏まない区域、目が届かない儀式、知られない祭祀は、神秘で神聖な世界の存在を示唆するし、その気持ちを強める。

もちろん、この魅力を保つために、守秘しなければならない。と同時に、漏洩することも予想しなければならない。しかし、ある人が内容を明らかとするとしても、それは確実ではない。嘘をついている可能性もあるし、証拠を持ち出すことは大変難しい。それでも、効果は無くならないと私は思う。