『古語拾遺』の中の渡来人

『古語拾遺』でもう一つ気になったことは渡来人の地位だった。私にはこのような内容が気になるのは言うまでもないだろう。

当時の渡来人のほとんどは、朝鮮半島から来た人だったようだ。三韓の内戦で逃げた人、つまり、難民も含まれていたようだが、日本で朝廷などで大活躍したようだ。その理由は、先端技術を持ってきたからであるのではないかと推測されているようだ。先端技術というのは、識字や機織などであるが、当時革新的だったという。

そして、大変保守的な斎部広成は、この渡来人に対して一切排外的な態度を取っていない。むしろ、役割を強調して、その役割も継続すべきであると強調する。特に、7世紀以降の歴史で、『日本書紀』から漏れた内容を拾ったが、その大半は渡来人の氏族の役割だった。大蔵を司ったとも書いてあるが、祭祀にも重要な役割は認められている。

この史実を見れば、現在の国家について何も言えない。1300年前の事実と今日の事実は全く別であるからだ。言えるのは、帰化した人が日本の政治に深く関わっても、前例があることだ。ま、何も言えないはちょっと過言だが、具体的な意味にはならない。

一方、神道を考えれば、興味深いことは言える。

まずは、神道は純粋な日本の固有な宗教ではないことはさらに明らかになる。神道の歴史を勉強すれば、道教や仏教、陰陽道などからの影響は強いことは認めざるを得ないが、広成は渡来人の祖先を神社で祀るべきであると主張しながら、朝廷が幣帛を奉るべきであるとも言える。その上、伏見稲荷大社は渡来人の秦氏が建立した神社であるので、稲荷信仰は渡来人から発生した神道の一流である。(これは『古語拾遺』で強調されたことではないけれども。)神道は、日本で輪郭を形成したが、海外からの要素を取り入れたことは多い。寛大な宗教であると言われるが、このような古典を読めば、それは浮き彫りとなる。宗教の多くが他の宗教や国から要素を取り入れるが、それを否定する場合は多い。「これはあの宗教からとったことではない。我々が発想した内容だぞ。」のような主張である。一方、神道は潔く認める。外来の神も祀れば良いという態度である。

そして、より個人的なことになるが、神道の歴史の中にも日本に渡来して帰化した外国人が自分の思想や祖先を奉じて神道の一つの信仰を始める前例はある。特に、神道がちゃんと成型された時代には、そのようなことは多かった。つまり、私が神道に私の独自の考え方を取り入れることは、神道の伝統に従う行為である。神社界で活躍することは、歴史的に裏付けられている。