神籬

神籬というのは、神の臨時的な依代である。一般に元々木であったり、枝であったりとされているが、学者の間に諸説があるそうだ。それはともかく、現在の代表的な神籬は例えば地鎮祭で紙垂がつけられている榊の枝である。神産霊神社の拝殿では、三つの神籬を小祭のために設けることになっているが、その神籬の形について考えたいと思う。

すぐに聞かれたら、榊の枝を使って、紙垂をつける神籬は良いのではないかと思う。しかし、より深く考えれば、二つの考えなければならない要素がある。

一つは、直接に左右の神籬にしか該当する。中祭に参進する人はその場を通るので、昇神の儀を執り行ってから、神籬を物理的に退かさなければならない。そう考えれば、動かしやすい神籬は適切である。具体的に考えれば、御幣が動かしやすいし、依代として使われることは少なくないので、御幣を神籬として使ったらどうかと考えてくるだろう。

ただし、記紀を見れば、そして万葉集の祭祀の描写を見れば、より複雑な神籬は伝統的であると言える。根付けの榊を掘って、枝に鏡や勾玉、剣をかけて、そして木綿などで飾って立てることはあるようだ。だから、そのような伝統も受け継いで、取り入れたいと思う。

では、妥協案として、左右の神籬は、御幣とする、中央の神籬は、榊にする。

御幣は、ただ案に載せて、その前に案を設けて新鮮や玉串奉奠に必要な設備を用意する。(案の下に、薦を敷く。)この道具は、普段拝殿で収納しても良かろう。

中央の神籬は、榊たてのような道具には、大きめな榊の枝を立てる。そして、木綿の役割を担う紙垂をつける。それは、『古事記』によると、下の方の枝につけるそうだ。そして、上の方に糸を通した筒玉を飾る。その間に、参拝者に向かう鏡を飾る。そして、神籬の飾りが終わったら、周りに注連縄を巡らす。中央の神籬は、普通に退かさないので、問題にはならない。榊はもちろん毎日新しくしなければならないので、神域には榊を植えなければならない。

こうすれば、中央は明らかに上位になる。まず、正中にあるが、正中は上位の場所だ。そして、神籬も大きいし、飾りも目立つ。それでも、小祭の斎場であることには変わりはない。だから、中祭などの潔斎と直会に参加する余裕はないが、神社と深い関係がある氏子や崇敬者、または多額な初穂料を納める人は、中央の神籬での祭祀を許す。もちろん、そのような人はいなければ、それともある時点で一組しかいなければ、中央の神籬を使う。

このようにすれば、実践も尊重するし、伝統も尊重する。