『神宮雅楽の伝統』

この本は、「伊勢神宮崇敬会叢書」というシリーズの一冊だから、市販されていない。毎年、神宮の文化と歴史についての一冊が刊行され、崇敬会の会員に頒布される。私にとって、興味深い内容は多いが、今回の本は例外ではない。

神宮雅楽の伝統は驚くほど短い。明治維新の後で、雅楽は政府によって神宮に導入させられた。最初のところ、神宮では演奏できる人はいなかったそうだから、宮内省からの雅楽の伶人は派遣されたというが、明治30年代までに神宮の神職も雅楽ができるようになったので、独立したようだ。一般の神社はさらに遅れた。実は、雅楽が一般の神社に定着したのは、もしかして戦後のことだろう。昭和10年まで、東京でもその知識や技能は不十分だったようだし、大正5年では、雅楽師が東京の日枝神社での演奏を腐った鯛に例えたそうだ。それでも、現在なら雅楽は神社の音楽である印象は強いといえよう。そして、雅楽には長い歴史があると周知されているので、神社での伝統も長いと思うのは当然だが、そうではない。巫女の祭祀舞は40年代に創作されたものは基本で、つい最近創作されたものもある。

これを知って、二つの感想がある。

一つは、やはり明治時代には、神社に対する「創作伝統」の色は濃い。西洋の学者の間で神道は明治時代に生まれた説の根拠がわからなくはない。もちろん、賛同できないが、現在の神社の仕組みや祭祀の要素の多くは、明治から昭和までの間に作られたことは多い。神宮を考えれば、目立つのは歴史的な祭祀の廃止である。占領軍がそれほど神宮や靖国神社の祭祀に関与していたら、神社界から強く批判されるが、やはり明治時代の変換は子供の時代でももう済みだったので、伝統だと感じるだろう。(個人的な意見だが、神宮では古来の祭祀などの復旧は望ましいと思う。)

一方で、雅楽の伝統は意外と短いことから、よくないと言えるわけはない。雅楽は日本の伝統の一つであるので、神社の祭祀に取り入れるのは適切であるというしかない。他の日本の伝統を見れば、能楽や歌舞伎もあるし、三味線や琵琶もあるので、これも導入すれば悪くない。宝塚劇場の伝統は、神社での雅楽の伝統に劣らないほど長いので、その伝統も取りれても良かろう。(確かに西洋を真似したが、そのような作法は今の神社界でも見える。参拝者の服装はそうだ。)そして、神社の伝統を現況に合わせる伝統も強いことは明白だ。雅楽は、神社の祭祀に使うのは適切であるが、他の音楽を使うことも許されることなのではないか。神社の多様性は、この側面でも伝統に裏付けられている。