創造

創造も倫理的な目的として掲げたいのだ。何を創造するかは、原則として問わない。それは、自分の魂を表現することでないと意味はないだろう。

創造というのは、新しいものを生み出すことだ。発見は前に述べた目的だから、創造はそれと違うことを指す。創造は、前に存在していたことの発掘ではなくて、存在していなかったことの始まりを遂げることだ。発明はこの範囲の方に入っているだろうが、発見と創造の両方を目的とするので、どちらに入るかは大したことではない。

「新しいこと」の定義も、拘らない。全く新しいことはないだろう。作品を作れば、それは過去の作品を基盤として発想するので、完全に新しくない。そして、例えばスター・ウォーズの話で新しい登場人物を入れることであれば、新しい側面は非常に少ないと言えよう。背景も映画からとったし、他の登場人物は既存である。(「レイア姫は、この人と恋に落ちた!」のような展開にもなるだろう。)目的として、新しければ新しいほどよいと言うが、自分の想像力を鍛えるためにたくさんのものを創造しなければならないのは否めない。その一部は、他の人の作品に基づいても良い。

ただし、強調したいことがある。完全に自由ではない。

作品を完成するのは必須である。

確かに何の試みも完成させられるわけはないが、完成するのは基本の目的である。未完成なものは、まだ創造されていない。つまり、概念だけでは、まだ創造ではない。粗筋があっても、それも創造に達成していない。小説の第一現行の段階でも、まだまだだ。

創造目的は短編小説であれば、これで良いと思われるだろうが、例えばリニア中央新幹線を創造しようとすれば、難しすぎるのではないだろうか。もちろん、一人で創造しなくても良い。会社や国を挙げて創造するのは良いことだ。創造だけではなく、友情も入手するだろう。それでも、月での街を創造しようとすれば、国でも無理に近いだろう。

その場合、段階に分けたほうが良いと思う。最終目的の途中の作品を見つけ出して、それを中間目的とするべきだ。そして、その中間目的を完成する。なぜかというと、中間目的は完成であれば、他の人はその作品に基づいてさらに進むことはできる。完成していない概念に止まれば、自分でも先へ進むことはできない。

つまり、この目的は、自分で何かを想像することではなく、そしてその創造する過程を経験することでもない。むしろ、新しい何かを世に残すことだ。確かに作者は尊敬されるだろうが、作者の気持ちは主役ではない。新しい作品は主役である。

だからこそ、完成しないと意味はない。

創造と取り組んだことのある方は、この難しさを理解すると思う。しかし、倫理は簡単なものであるわけではない。倫理で、難しい目的を掲げて、その完遂を促す。創造もそれだ。


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