お祓い

神道では「お祓い」は重要な概念であるので、惟神道に取り入れるべきだ。その取り入れ方を、これから考えたいと思う。

お祓いの目的は、穢れを除外することだ。穢れは、「気枯れ」の語源から訛ってきたとも言われるので、ただの汚れだけではなく、自分の力がなくなることも指す。お祓いで、元の状態に戻って、体力も精力も復活する概念がある。その上、日常の付着物を落として、神様に近づける状態を整える。

神社にお参りする前にお祓いをするのは当たり前だろうが、その当日に体を洗うことを基本とするのはよかろう。毎日のお参りも原則としているので、体の清潔の確保になるので、単純な利益もある。同じように、手水を必ずすることも重要だが、これはお参りの作法の一部であるので、特別な意味はあまりない。

お祓いは、問題を起こしている付着物を落とすための儀式であると考えたら、一つの使い道が思い浮かぶ。人間は、長期的に続く企画を実現するために、諦める誘惑を拒否しなければならない。そのため、必ず続くような約束や束縛は必要であるし、役にたつ。一方、状況が変わる場合もあるし、最初から間違えた場合もあるので、その束縛から脱却する方法も必要となる。しかし、その方法は簡単であれば、束縛が意味を失う。約束を破れることを難しくしないと、効果は期待できない。

お祓いは、その約束を捨てる方法として使えるのではないか。つまり、目的は問題になった場合、その事実をちゃんと見つめる必要がある。それでも辞めたほうが良いと判断すれば、お祓いの儀式を計画する。お祓いを行う前に辞めるわけにはいかないが、普段はもう少し続けることで、本当にやめるべきであるかどうかは確認できる。緊急の場合は別だ。緊急であれば、お祓いを後にするが、緊急は「この計画はよくないな」のような気持ちではない。例えば、ダイエットをすれば、すぐに辞めたら意味はない。一方、ダイエットの効果は薄いし、気分に悪影響を与えると思う場合、やめた方が良いのではないか。その場合、お祓いを行ってから辞めたら、その時点のケーキの誘惑のせいで止まない。

このような役割は心理的に効果があると思える。自分に許可を与える方法として使ったら、辞めたくなったら、儀式まで待つことができる。ちょっと待ったら、その計画の目的を思い出して、あきらめない方が良いことも思い出す場合もある。つまり、ある程度考えてから計画を修正する。この考え直しの時間を確保することは、重要な役割になる。