休憩

これから、このブログをちょっと休ませていただく。今の考えは1ヶ月程度だが、どうなるか分からない。なぜかというと、この1ヶ月で、どうすれば良いかを考えるつもりだからだ。

このブログは、先ほど怠らずに10年間を迎えた。しかし、毎日の投稿のために、30分から1時間が必要になる。それはかなりの時間だから、このブログに本当に使うべきかどうか、考えなければならない。この10年間で、日本語が成長したし、それに様々な話題について考える場を得たので、10年間は良かったと思う。しかし、これからもこの形で続くかどうかは、考えなければならない。そのため、数週間前に、今から1ヶ月程度休むことにした。

1ヶ月は、何も投稿しないわけはない。時々短歌を投稿するのではないかと思う。(短歌は、通勤の散歩道で詠むので、ある意味時間はかからない。)そして、特に公表したいことがあったら、ブログを使う可能性もある。それでも、計画的な休憩に入る。

ブログの作成の時間は、執筆や日本語に使う可能性は高い。日本語で、漢字の手書きが苦手になりつつあるので、それを練習するかもしれない。そして、祝詞作文もしたいのだが、しばらくの間の集中練習が必要になるようだ。そのようなことは、もしかしてブログと同時並行できない。一方、日本語で本を書こうとしたら、それもブログと同時並行できない。一方、ブログは30分が空けばできるが、本の詩筆はそのような作業ではない。だからこそ、1ヶ月で適切な行動を考える。ブログの復活になるか、ブログには時々の短歌などにとどまるかは、その間決める。もちろん、また将来に考え直すことがある。決める計画は今の計画で、将来に変わる可能性も十分ある。

実は、今中断することになったら、ちょっと寂しい。10年間以上ずっと側にあった行動を休むのは些細なことではない。しかし、人によって違うかもしれないが、私は何かを始めると、やめられなくなることもある。はまってしまう。だから、10周年から2ヶ月考えてきて、1ヶ月ぐらい前に今から休憩して、これからの計画を考えることにした。急に中断することはもちろんできない。それはただの怠慢になるからだ。だから計画的にすることにした。それでも、いざとなると、やはり抵抗感を感じる。もう少し続けるかな、と。しかし、決めた。長期的な戦略を考えて、一時的に休んで、相応しい行動を考えなければならない。

では、長い間お世話になりました。ブログでの活動が再開されれば、よろしくお願いします。