性の誘惑

最後に、性的行為を扱う。これは、麻薬や賭博より長くなる予想を持っている。なぜなら、本質はさらに複雑であるからだ。

まずは、多くの人は麻薬や賭博の魅力を感じない。一方、性的行為の魅力を感じない人間はごく僅かである。そう感じない人間も存在することは忘れてはならないが、百人が集まれば、誰もその魅力を感じると信じても良いほど少ない。それに、きっかけとなる体験はなくても感じてくるのは一般的である。麻薬のように、問題を抑えるために初体験を厳しく制限する手法は効かない。

そして、麻薬などと違って、性的行為は社会にとって必要不可欠である。医学の進化に伴って、つい最近性的行為はなくても子供をもうけることができるようになったが、歴史を見れば性的行為はないと、社会が撲滅する。今も、少子高齢化を嘆く声は保守派からも聞く久しいが、若い日本人がさらに性的行為を行うことを促すことと等しい。

さらに、性的行為自体は良いことだと確信する。これは15年ほど前に英語のホームページで書いたことだが、まだそう思っている。まずは、産霊と深く関わる行為なので、惟神道に相応しい。相手を喜ばす行為でもあるので、他人に捧げる側面もある。そして、その行為によって絆を強めることは少なくない。子供を設けることだけではなく、絆を築き、自分の意欲に没頭しないことも促す。その上、性的行為に上手になるために自分を磨くことも可能である。人生の一つの行動として、評価すべき行為であると主張する。

それでも、「しかし」がある。色欲は非常に強い。噂によると、インターネットの早期にほとんどのサーバーがポルノを禁止した理由は、倫理的な問題ではなく、ポルノがあればアクセスが殺到して、サーバーが倒れるからだったそうだ。歴史を見れば、色欲を契機として悲劇を起こした例には限りはないし、現在の状況を見ればまだ変わりはない。先生と学生の間の性的行為は避けるべき理由は、そのような関係が発生すると、教えられなくなるからだ。色欲は、他の計画から力を奪って、人生の目的を台無しにする能力がある。それに、社会の秩序を乱して、人間関係を滅茶苦茶にする力もある。色欲は強すぎて、そのまま色欲に従えば、問題がたくさん発生する。

だから、色欲を抑制する措置は必要である。その措置は、倫理である。だから、惟神道でも、色欲を抑制する措置を導入する。ただし、性的行為を肯定的に評価する立場には変わりはない。良い側面を生かしながら、問題の発生をなるべく防ぐ制度が望ましい。


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