『家売るオンナ』

家売るオンナ』とは、先週放送が終わった北川景子さんが主演したドラマである。視聴率は夏のドラマの最高位だったので、ご存知の方は多いと思うが、本当に面白かった。私も、私の家族もファンになって、毎週の放送を楽しみにしていた。見たきっかけは、私は北川さんのファンであることだったので、前もって北川さんの演技は最高であることを述べておきたい。役柄は普通ではないが、「無表情」を演じても、キャラクターの気持ちをちゃんと演じることはできた。その上、脚本も良かったし、他の出演する俳優もよくできたし(特にイモトアヤコさん)、演出は全体的によくできた。まだ見ていない方がいれば、オススメする。コメディーだから、笑えると確信する。

これから、ドラマの内容について書きたいと思うので、ネタバレが多くなる。まだ見ていない方は、見る前に読まない方が良い。

では、まずドラマの趣旨を考えよう。サンチーが言葉にすることもあるが、既存の考え方に捉えられず、広い感覚で人や状況を寛容的に見て、その状況に合わせる解決策を探ることである。第1話は確かに典型的な日本の家族を作り上げたが、第2話から変わっていった。引きこもりを外に出さずに、ずっと引きこもれる状態を作り上げた。天気のお姉さんの場合、妻が夫を経済的に支えること、まして男と女の関係で暮らさないことも認めた。さらに深めて言えば、人間は問題に直面すれば、自分の根幹を変えようとせず、その根幹が認められ、咲き誇れる状況を探すこととした。売る家以外でも同じことは見える。白州もその例である。確かに不動産屋に向いていないので、頑張ってから諦めることにした。そして、諦めたら結婚して幸せな生活を送ることになった。典型的なドラマで、最初はダメダメな社員がいい社員になるが、『家売るオンナ』ではその展開になっていないのはふさわしい。

サンチーもその例である。サンチーの振る舞いはちょっと変わっているのは明らかだろう。周りの人も気付くし、八代などが明言する場合もある。実は、その振る舞いを見たら、サンチーは自閉症スペクトラムであると判断できる。歩くといつも直線で、感情を表現することは難しいが感じるし、社会的な常識は欠けているが周りの人の状況をちゃんと見ている。自閉症スペクトラムは多様多種であるので、必ずしもサンチーに似ているとは限らないが、典型例であると言えるだろう。つまり、障碍者だった。(それほど強い症状であれば、障碍に当たる。)それでも、そのことを明記することはなくて、そして普通の「乗り越え」はない。最後まで、サンチーはサンチーのままである。これはかなり重要なメッセージであると思う。そして、このようなキャラクターは。北川さんが上手に演じた。

それでも、脚本は完璧だったとは言わない。完璧な脚本はないし。外国人が登場する話にはちょっと問題があった。その外国人は、ナイジェリア人で建築の留学生で帰国することは決まっていたので、「外国人」の金髪のアメリカ人と根本的に違ったし、その典型例に捉えられないようにとのメッセージはここにも見えた。ただし、その外国人の知識について、十分に外国人と相談しなかったようだ。具体的に、2年間日本で留学した外国人であれば、ひらがなぐらいは平気で書けるに違いない。漢字だったら、書き写す場合は少なくないが、ひらがなをマスターする。だから、「なんでもけん」を書くとき、手本は不要だったはずだ。一方、「なんでもけん」は一体なんなんだろうか、と思うはずだ。それは日本の習慣だ。似ている習慣は外国にあるとしても、名称は違うので、「なんでもけん」の6文字で外国人がわかるはずはない。

しかし、それは些細なことである。全体的に見れば、外国人の描写はよかった。「英語はできる」固定観念も、「日本のことがわからない」固定観念も覆されたし、国際結婚を肯定的に描写したので、よかった。なんでもについて正確な描き方を確保することは極めて難しい。脚本家の大石静氏が大変よくできたと思う。

(やはり、私は演技する背景はなくて、作者であるので、北川さんの演技より脚本の分析に流れる。仕方ないよね。)

このドラマにはこれほど賛成できるメッセージがあるのに、見たらただの面白いコメディーとして捉えることもできる。それも、脚本から演技まで、全ては大変よくできたからであると私は思う。ぜひ、映画や続編も期待したいのである。