非常事態の濫用防止策

非常事態の濫用は恐るべきである。非常事態で、住民を行政の権力から守るための安全策の一部を撤廃するし、臨時的に民主主義を停止する措置だから、独裁的な政権を目指す政治家にとって、誘惑的である。もちろん、紙の数枚に過ぎない憲法は、弾圧的な政権を築こうとする政党を完璧に阻止できるわけではないが、少なくとも幅広い支持を得なければできない状態を形成することもできるし、自由かつ民主的な政権から逸脱することを明記させることもできる。だから、私の非常事態条項の多くの規定は、濫用を防ぐためである。

一番重要なのは、非常事態を宣言する人と、非常事態で権力を握る人を別な人とすることだ。宣言は、内閣総理大臣である。行政のトップがこのような重要な決断をするのは当たり前だと思う。一方、権力は県知事に付与される。だから、内閣総理大臣がその権力の悪用を疑えば、宣言しなくても良い。非常事態の必要性は明確であれば、宣言すると思われるが、微妙な場合、宣言しない方に傾けると私は思う。政治家は、別な政治家にそれほどの権限と脚光を浴びるのは必要な場合に限るだろう。

そして、非常事態の宣言は、内閣にも国会にも確認されなければならない。これは、恣意的な宣言を防ぐもう一つの措置である。非常事態宣言は、緊急事態に対応するための措置であるので、その承認は事後に求められるが、それはないと、なくなる。

さらに、非常事態を終了させる方法をたくさん確保する。行政も立法も司法も解除できる。当該県の県議会でも解除できるので、当事者にとって辛くなれば、中央政府はまだ擁立するとしても、解除になる。

一つの非常事態を一つの都道府県に限ることも、濫用の防止策である。全国的に非常事態にすれば、実際に47人が権力を握る。非常命令はその知事の裁量に任されているので、こぞって同じ命令を出す可能性は低い。自分の県の状態に応じて決めるに決まっている。一人が濫用しても、周りの県の例がそれを明白として、解除命令の可能性を高める。

最後に、終審裁判は司法に預かる。行政または警察官が現場の裁判を行う可能性は高いが、結局裁判で裁く。

このような構成であれば、まず総理大臣は自分の権力を固めるために非常宣言を使うことはできない。さらに、再選の可能性を高めるためにも使えない。注目を集めるのは、当該の知事であるからだ。その知事が総理大臣になる可能性は想像できるが、政権交代は民主主義にとっていいことだ。そして、県知事も濫用に慎重になると思える。非常事態の解除は、様々な機関ができるので、正当性を明白に維持しないと、権限がなくなる。一方、必要性も正当性も明白である限り、非常事態が続くと予想できる。それでも、一つの機関には必要性を感じなくなったら、終了になるので、最短な期間に及ぶことも確保できる。

このような構造を構築すれば、独裁的に濫用することは難しいが、適切に使うことには妨げにならない。その適切な利用について、後日書きたいと思う。