差別の救済と解消

先日、川崎市人権施策推進協議会多文化共生社会推進施策に関する部会の会議に出席した。今回のテーマは、外国人市民を対象とする入居差別についてのヒアリングだった。川崎市が今年度新しい協議会を立ち上げたが、その協議会でこのような問題を審議して対策を決める予定である。協議会は住居に困る市民一般を対象とするので、例えば高齢者、障害者、ひとり親世帯などが大きな話題になるようだが、外国人市民の問題も取り扱うそうだ。ヒアリングでその対策を担当する部署の担当者と同じ問題と長年取り組んできたNPO法人の理事長の出席をいただいた。

理事長によると、この10数年であからさまになる外国人市民に対する差別が少なくなったそうだ。当初、「外国人お断り」と明言する大家さんや不動産屋さんは少なくなかったそうだが、最近「そのような物件はない」などのような曖昧な表現で断るし、人権や差別に意識を持っている業者の数も増えたそうだ。それは歓迎できる現象である。

そして、市の話からも、理事長の話からも改めて痛感したことは、救済と解消の違いだった。市の制度では「協力業者」の指定があるが、それは外国人などの入居者を歓迎する業者を指す。今のところ、川崎市内の業者の2割を占めるが、市によると拡大することは優先されていない。なぜなら、制度の運営には十分であるからだそうだ。同じように、NPO法人は最近偏見を持つ大家さんと接しないが、その原因の一つはそのようなところを最初から避けるからだそうだ。入居後、長く落ち着いて住み続けるために、嫌悪感を持たない大家さんや業者は重要であるからだ。

救済の立場から考えれば、これは否定できない。今苦しんでいる人を今救済するために、理想的な社会の構築を待つことはできない。今の社会の中で協力してくれる人と協働して、眼前の問題を解決する。それが円滑に進むため、問題を起こす人物との衝突を避けるのは名案だと私も思う。そして、このような政策で、今の問題が解決され、被害者の人生が立ち直る。

一方、問題を解消するために、あるいは減少させるために、問題を起こす人と積極的に取り組まなければならない。思わず問題を起こしている人は、指摘すれば改善してくれることもあるが、積極的に指摘を行わない限り、気づかない。そして、問題を起こしているのがわかるが、改善はめんどくさいのでしない人もいるだろうが、そのような人は、積極的なアプローチと対応することはさらにめんどくさいと感じたら、改善してくれる。積極的に問題を起こそうとする人は、もしかして何もできないが、環境整備と取り組んだら、そのような人が少なくなるだろう。

そして、施策が進めば、もう一般的な啓発をしなくても良い状態になるだろう。差別を行う人は小さな少数派になるので、問題が実際に起こることも少なくなるし、救済が簡単になるので、そのままで市民は誰でも安心して暮らすことはできる。

これから、意識しながら救済と解消の両方を重視したいと思う。