故郷で、テロ

日本時間の今朝、私の故郷のマンチェスターでテロ事件が起きた。私が知っている限り、知り合いは巻き込まれていないが、それでもとても悲しい出来事である。子供や若者が集まるコンサートが襲われて、心を痛める。

できることも、言えることも何もない。

このような事件が起きない世界のために努力するしかないが、道のりは長くて、私が達成を見るはずはない。だから、このような事件が自分に近づけば、無力さを痛感する。

「故郷で、テロ」への3件のフィードバック

  1. 八章「戦利品」17節(フリューゲル版・カイロ版とも)
     彼ら(敵軍)を殺したのは汝ら(回教徒)ではない。アッラーが殺し給うたのだ。射殺(いころ)したのはお前(マホメット)でも、実(じつ)はお前が射殺したのではない。アッラーが射殺した給うたのだ。これは信者たちに有難い恩寵を経験させようとし給うたことだ。まことにアッラーは耳敏(さと)く、一切に通じ給う。(岩波文庫版上巻, p.239)

    九章「改悛」5節
     だが、(四ヵ月の)神聖月があけたなら、多神教徒は見つけ次第、殺してしまうがよい。ひっ捉(とら)え、追い込み、いたるところに伏兵を置いて待伏せよ。しかし、もし彼らが改悛(かいしゅん)し、礼拝の務(つと)めを果(は)たし、喜捨(きしゃ)もよろこんで出すようなら、その時は遁(に)がしてやるがよい。まことにアッラーはよくお赦(ゆる)しになる情(なさけ)深(ぶか)い御神におわします。(岩波文庫版上巻, p.239)

    四十七章「マホメット」フリューゲル版4-7節、カイロ版4-6節
     さて、お前たち(回教徒)、信仰なき者どもといざ合戦という時は、彼らの首を切り落せ。そして向うを散々殺したら、(生き残った者を捕虜として)枷(いましめ)かたく縛りつけよ。それから後は、情をかけて放してやるなり、身代金(みのしろきん)を取るなりして、戦いがその荷物をすっかり下ろしてしまう(完全に終わる)のを待つがよい。まずこれが(戦いの道というもの)。勿論アッラーの御心次第では、(こんな面倒な道を踏まずとも)一度に彼ら(異教徒)を打って仇を討つこともおできになろう。だが、お前たち(人間)を互いに(ぶつからせて)それを試みとなそうとのおはからい。アッラーの道に(聖戦において)斃れた者の働きは決して無になさりはせぬ。/ きっと御自ら手をとって、その心を正し、/ 前々から(現世にいた時から)知らせておいて下さった楽園にはいらせて下さろう。(岩波文庫版下巻, pp.134-5)

    https://sites.google.com/site/xapaga/home/quran_koran

    テロの目的は実力行使を以って社会不安を引き起こし、政治目的を達成することである。国がシリア難民に及び腰なのは上記による。日本人対象のテロが起きているのも、神道、仏教徒だから。

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