外国人市民調査の反省

調査を踏まえて施策を考えれば、まず次回の調査について考えるべきだと思う。代表者会議の提言で5年に1回の調査をお願いしたが、そうしたほうが良いと思うので、川崎市がそうやってくれるように今も願っている。叶えば、どうすれば良いのか。

まず、今回の調査は長すぎた。回収率は低かったが、調査票の長さは大きな原因になったのではないかと思われる。もちろん、長くなった理由は、知りたかった実態は幅広いことだったので、どうやって縮めるかは、簡単な問題ではない。しかし、回収率を高めると、より確実で外国人市民の全貌を反映する結果になるので、頑張らなければならないと思う。目的は、半分にするかと私は思う。

私の今の考えは次の通りだ。調査の結果を見れば、前述した大きな問題が浮き彫りになるので、そのようなことに集中するべきだと思う。つまり、情報伝達がどれほど徹底されているか、差別は減りつつあるかどうか、他言語の対応はどうなっているか、という問題をきちんと調べるべきだ。(もちろん、その前提は市が対策を執行したことだが、市が真摯に取り組むのを確信する。)そして、国籍・地域、性別、年齢、住居の区などの属性を尋ねなければならない。このことについて尋ねれば、調査票はもう適切な長さにほぼなっていると思うが、もしかして二つか三つかの質問を加えて、その時点で気になった課題について尋ねられるだろう。

このような焦点を絞る調査は、次回とその次に適切だろうが、15年後の調査は、また幅広い分野にするべきなのではないか。やはり、両方の形式には利点があるが、同時に行えない。

もう一つの反省点は、質問の形式である。特に差別についての質問で、「最近の一年以内」に限定した質問とそうしなかった質問があった。その結果、分析が難しくなった。そして、次回対策の効果を測る目的は大きくなると思うので、今回からの変化を測らないといけない。だから、次回は、「最近の一年以内」に限定するべきだろう。今回と比較することが難しくなる質問もあるが、そう限定しないと、対策の効果は見えるはずはない。なぜなら、制限はなかったら、対策が執行する前の経験が対象になるからだ。差別以外のことも、一年以内に制限するべきなのではないか。理由は同じだ。このような調査が続けば、変動が見えるような形にした方が良い。

この2点は大きな反省点だと思う。もう少し小さな点もある。まずは、「台湾」の地域の方に、簡体字で書かれた中国語の調査票を送るべきではない。香港人も文句を言ったが、香港人であることは、事前に分からないので仕方がない。しかし、台湾出身の方は、住民基本台帳には「台湾」が地域として記録されているので、できる。ただし、中国語の繁体字の調査票は作れないだろうから、日本語と英語を送ることになるかもしれない。(今回の方針は、国籍から想定できる母国語の調査票があったら、それを送ったが、そうではない場合英語を送った。もちろん、他の言語を依頼できるように工夫した。)

このような問題は、実践しないと把握できないので、次回の調査の後でも改善する点が見えると思う。一歩一歩洗練させていきたい。

外国人市民の声:差別以外

自由記述欄のコメントは、差別以外の内容は多かった。顕著になったのは、矛盾だった。例えば、「治安がいい」という人もいれば、「治安が悪い」という人もいた。同じように、「公務員の態度はいい」と「公務員の態度は悪い」とも両方あった。「街はきれい」と「街は汚い」とも。このような結果は、私の経験から想像できた。何かについて多くの人のご意見を集めれば、矛盾になる意見が入るのは決まっている。そのため、対応を決めるのは簡単ではないし、結局取り上げない意見があることは避けられない。この結果の具体例として、市の職員の態度を挙げよう。態度を評価したコメントのほうが多かったし、批判したコメントは抽象的だった。この結果から、態度全般には問題はあるとは思えない。多くの人は満足しているからだ。一方、問題が存在することも否めない。態度を批判した人の経験は良くなかったに違いない。しかし、その経験は具体的にどういう風に悪かったかがわからない限り、改善策は立てられない。結局、今の時点で何もできない。次回の調査で具体的に調べるかどうかを検討することにとどまる。

このような実態に配慮しながら、一般的な印象を述べさせていただく。

まずは、川崎市には利点は多い。治安から職員の態度まで、多くの外国人にとって住みやすいところだ。確かに、簡単に東京や横浜に行けることは掲げれれているが、場所を考えればそれは当然だ。一方、東京に行かずに生活ができることを評価する人もいた。このようないいこといっぱいの市であれば、革命のような変更を避けるべきだと思う。失う恐れがある良いことは多いからだ。変更は、慎重に、具体的な問題に対応するために実現するべきである。幸い、そのような改善は行政には都合が良い。大きな変化は嫌われるが、何もしないことも嫌う。戦略的に好ましい状況だろう。その上、市の職員にそのコメントは読んでほしい。仕事の成果を収めていることの証拠になるので、励ましになるのではないか。

では、問題のコメントを考えれば、何が重要であろう。

差別を置いておけば、目立つのは、言語に関する問題だ。翻訳された資料や通訳や外国語ができる職員の配置の願いは片方で、他方は日本語を勉強する機会を増やしてほしいとの願いである。この問題と取り組むべきだ。ただし、問題は多い。翻訳と通訳は、多額な費用を要する。そして、「でたらめな英語ではなく、ちゃんとした英語の翻訳はほしい」とのコメントもあったが、それは法律上できないことだかもしれない。なぜなら、業者に委託する場合、安い値段を選ぶ義務があるようだが、安い値段の翻訳を提供する業者は、良質な翻訳を提供できない。良質な翻訳には、多額なお金は必要であるからだ。それほどの技能を持っている人は、安くて働かない。市が質を考えようとしても、市の職員で英訳を評価できる人はいるのだろうか。タガログ語はなおさらだ。そして、全ての資料を多言語に翻訳することは、実戦上でも無理である。時間がかかるので、スケジュールに間に合わない。だから日本語を学んでもらうといえば、それにも費用と時間は必要だし、その制度はいかに充実したとしても、来日したばかりの日本語ができない外国人市民のことも考えなければならない。これは難しい問題だから後日また考えたいと思う。

もう一つは、他の市民との交流の機会がほしいとの声だった。これは重要である。しかし、市には何ができるかは、明らかではない。市民祭りなどはもう行われているので、人は参加しないと、市は何もできない。

そして、言語と関わるが、情報伝達の問題が取り上げられている。代表者会議でもほぼ毎回この問題と取り組むが、極めて難しい問題だ。

もう一つは、託児所の問題だった。やはり、待機児童の問題は、川崎市ではひどいようだ。これは外国人市民に限らないが、深刻な問題で、解決した方が良いと思える。

調査の結果を考えれば、多文化矯正施策検討委員会として考えるべき問題は下記の通りだ。

  • 差別
  • 言語の壁
  • 情報伝達
  • 待機児童

このブログで、私の考えをちょっと整えたいが、その前に調査自体についての反省と次回の希望について投稿させていただきたい。

外国人市民の声:差別

川崎市外国人市民実態調査では、自由記述欄があった。一つは、「川崎市に住んでよかったこと」だし、もう一つは、「外国人市民が暮らしやすい社会にするために必要なこと」だ。前者は、代表者会議で提案され、調査の結果が批判ばかりにならないように加えられたが、効果があったと思う。その欄の記述を読めば、川崎市のPRに使えるのではないかと思った。この記述された内容は、統計的な分析はできないが、外国人市民の生活をもう少し把握できるのではないかと思う。この投稿で、差別についてのコメントに焦点を当てたい。

暮らしやすい社会を作るために差別をなくすべきであると書いたことは、75件に上ったし、テーマとして第一だった。(ただし、通訳・翻訳と日本語学習をあわせると、100件になるので、言語の問題もかなり重要であるのは明らかだ。)この中で、「差別をなくすこと」という内容にとどまるコメントは多いが、より具体的に指摘することもある。

頻繁に出てくるのは、賃貸の問題だ。外国人を断る大家さんは少なくないようだ。統計上の結果でも、2割以上がそのような経験があったと言ったので、やはりこれは問題であると言えよう。15年前に川崎市がこの問題と取り組むための制度を設けたが、その制度の実施と効果を検討するべきなのではないか。少なくとも、問題の解決になっていない。

警察の「無意味の職務質問」を訴えるコメントも2件あるが、それはイギリス人とアメリカ人からのコメントだ。これは、統計的な結果を裏付ける。つまり、警察に呼び止められるのは、欧米人である傾向はあるようだ。行政の公務員の態度を批判するコメントは少なくないが、ちょっと意味不明なコメントもある。例えば、外国人が日本人と同じように救急車のサービスを受けられるようにしてほしいとのコメントがあるが、そのことには差はないと思う。もしかして外国語ができる人が救急車の乗組員になることかと思うが、やはり当事者の認識は必ずしも事実と合うとは限らない。

一方、「川崎市に住んでよかったこと」で、差別に触れるコメントもある。「病院でとても良い態度だった」(オーストラリア人)とか「警察官や職員は外国人に対して丁寧な対応をします」(ベトナム人)とか「子供の学校はとてもよく、嫌がらせやイジメにあったことはない」(アメリカ人)とか「外国人に対しても優しいです」(韓国・朝鮮人)などのコメントが見える。

そして、差別を明記することもある。

「あまり差別らしい差別は受ける機会はありません」(日本生まれの韓国・朝鮮人)
「外国人と日本人の差別はありません」(ベトナム人)
「差別はない」(中国人)
「この市の人々はとても優しく、外国人に対して良い印象を持っていると思う」(タイ人)
「外国人に対しても優しいです」(韓国・朝鮮人)
「外国人であっても、差別されたことはありません」(インド人)
「外国人の扱いがとてもあたたかい」(ガーナ人)
「川崎市の人々は差別なく、マナーが良い」(フィリピン人)

上記の例は全てではないが、国籍の多様性は強調したかったのだ。その上、人は「親切」や「優しい」と称えるコメントも多いので、そのような印象で差別と合うとは思えないだろう。

ここで浮き彫りになるのは、個人の経験の多様性だ。病院や公務員の態度についての正反対になる記述があるが、いずれかが嘘をついたとは思えない。そして、その点を踏まえて、もしかして川崎は他の日本の地域と違うだろうとも思ってくる。川崎市では、この20年外国人市民への対応を改善するように努力してきたので、成果があっただろう。20年前と大きく変わったとのコメントもあるので、その可能性は十分ある。やはり、同じような調査は、別な地域で行ってほしい。

それはともかく、この結果に基づいて言えることは二つだと思う。川崎市にくる外国人に対して、差別は少ないのでご安心くださいと言える。市政に対して、差別はまだ残っているので、撲滅する対策をさらに構えるべきだと言おう。この問題について、私は市の行政の側にいるので、改善策をさらに考えていきたいと思う。

外国人市民と外国人市民代表者会議

実態調査で、川崎市外国人市民代表者会議についての知識と評価も尋ねた。これで知ったのは、まず認知度が低いこと、そして評価は良いけど、はっきり評価できない人は多い。

認知度だが、総合的に代表者会議を「知っている」と言った外国人は2割にとどまった。「知らない」と言ったのは半数弱。3割は、「聞いたことはあるが、よく知らない」と答えた。川崎市に長く住めば住むほど、認知度が高まるので広報活動には効果があるとも言えるだろうが、2割の認知度はやはり低い。市政参加はとても重要だと思う人でさえ、4割は知らない。確かに参政権ではないが、市政参加の措置として設立された会議だから、少なくともそのような人に知ってほしい。

外国人市民が皆代表者会議を知るようになるわけはないが、少なくとも「知っている」と「聞いたことがある」を合わせて、7割を超えてほしいと思う。最近、市役所が代表者の資格を持っている外国人市民に代表者募集の案内を郵送するようになったので、その効果は期待できるのではないか。しかし、それに加えて、常時に代表者会議の話を耳にする機会を増やしたほうが良かろう。そうしないと、お知らせが届いても、開封せずに捨てる人もいるだろう。

そして、評価に話題を移れば、知っている人のうち、はっきり評価するのは半分だ。評価しないのは1割程度だから、嫌われるわけはないが、分からない人は4割に上る。この考察で高橋さんが指摘する通り、20年以上川崎市に住んだことがある外国人市民は評価する傾向は強い。それは、もしかして、代表者会議はまだなかった時代を覚えて、改善を感じるからなのではないかと思える。しかし、川崎市に住み着いた以来代表者会議がずっと存在している人にとって、会議の影響を見るのは難しいかもしれない。拘束力はないので、提言が氏の政策に具現化しても、それは市議会や市長を通ってからだから、代表者会議の影響が見えなくなるのだろう。

提言の内容から考えれば、市が具体的な政策に実現できる提言はちょっと少ないと言えるだろう。年金や入国管理についての提言は全てそうだ。その場合、国に働きかけることになるので、直接的な成果は期待できない。そのような提言だけではない。例えば、前回の第9期で、転入した外国人へ統一された必要な情報を渡すように促す提言があった。それは早速実現してもらったし、重要であると思えるが、ほとんどの市民は気付かないだろう。第8期の提言で調査が提案されたが、その調査が実現されたのは代表者会議の成果であると高橋さんも主張するが、これもすぐに外国人市民の生活に現れる家今日にはならないだろう。

ただし、代表者会議の存在は大きいと私は思う。提言もあるが、その存在自体も重要な役割を担っている。代表者会議が存在するので、市の公務員は当然のことして政策の外国人市民への影響について考える。高橋さんによると、事務局への連絡は他の部署から多いそうだ。このような配慮のおかげで、例えば市バスの停留所案内が多言語になっている。

だから、代表者会議は重要であるのは確信しているが、やはり積極的にその存在を外国人市民へ発信しなければならない。