多文化教育

昨日川崎市外国人市民代表者会議を傍聴した。今回教育文化部の部会を傍聴したが、主なテーマは多文化教育だった。川崎市の学校で1997年以来あったが、内容は浅いという批判が強調された。授業の描写を聞いたら、分かる。韓国の文化を紹介する授業で、韓国料理を作って食べて、韓国語で挨拶する程度だった。それは、韓国の文化の紹介に至らないと言える。そして、主張された意見は、多文化教育の目標を異なるのは当然でいいという意見を染めることにすべきだという意見だった。

賛成するしかない。ただ、多文化教育の授業は45分だそうだ。45分で料理と挨拶以上ができるのだろうか。一年間の毎週の45分でも、難しいと思う。そして、どうやって寛容的な態度を付けるのか。異文化を知っても、否定的に見る人もいる。理解すれば認めるとは限らない。イギリスの文化を45分で紹介しようとしたら、私がどうすると思った。たぶん、料理になるだろう。ライスプッディングを紹介したらいいだろう。(お米、牛乳、佐藤、バターのデザートだ。大変美味しいが、日本人の最初の反応は不思議そうに見ることだ。)私なら、伝説も紹介するかもしれない。だが、他の授業との構想はなかったら、積み重ねても結果はあまりないだろう。

これから次期の代表者を募集するので、応募用紙を拾った。応募するつもりだが、選考されるかどうか分からない。募集についての事務局の方の態度を聞いたら、普段は応募者は少ないかもしれないと思ったが、今回急増する可能性もある。だが、応募用紙をみて、報酬があることが分かった。そんなに多くはないが、なかったと思ったので、ちょっとびっくりした。

とにかく、応募する。貢献できればと思う。

相談員

昨日また川崎外国人会を傍聴しに行って来た。今真由喜が寝ている間にブログが書きたいと思うが、真由喜が起きたら途中でやむを得ず止める可能性がある。

昨日の総会は国際交流センターの特別会議室で行われた。それは素敵な部屋だから、毎回あそこで行われたらいいなと思ってしまった。では、それはちょっと余談だが、内容について書くことはあまりない。また生活部を傍聴したが、今回国際交流センターでの相談施設を司る方を招いて、説明や質問した。相談の統計をちょっと紹介したが、印象に残ったのは国籍と問題だった。多く相談する国籍は、中国人、フィリピン人、ブラジル人、ペル人だったそうだ。やはり、欧米からの移民は、支援ネットワークがあるらしい。こういう統計を聞いたら、改めて実感するのは、私は日本に住んでいる外国人であるとしても、代表的な外国人ではないというのだ。そして、英語は必要だが、フィリピン人のために必要だ。(タガログ語は人口言語だと聞いたことがあるが、フィリピンで母国語は異なる人は多いようだ。英語ができる人は一番多いのかもしれないという印象だ。)

そして、問題の内容だが、一番は通訳と翻訳で、三番は日本語を勉強する方法だったそうだ。外国に移住したら、あの国の言語をマスターするべきだと言いたいのだ。義務だし、しないと単に損になる。移住する前にある程度勉強した方がいいが、確かに別な国で言語を勉強することは難しいし、限度があるので、移住してから勉強してもいい。しかし、なるべく早く勉強するべきだと私が思う。(ハローワークからの情報もあったが、日本語のできない人の就職先を見つけるのは困難だという。)

相談制度の問題は、別に外国人に限られた問題ではなかった。問題の複雑さ、解決までの長い時間、相談員の精神的な負担などは挙げられた。そして、相談員が問題を解決してあげると思う人も少なくないそうだが、相談員にそういうことはできない。聞き手の役割より或る程度指導したり、選択肢を説明したりすることはできるそうだが、最後の決断は本人の責任から離れないそうだ。

この立場から見たら、相談員制度を改善する方法は不明だ。問題は単純に人手不足ではないようだし、相談員の能力を増しても、どういう能力が役に立つかは明らかではない。川崎外国人会がどういうふうにいい提言を作るか、これから見る。

代表者会議

昨日川崎外国人会を傍聴しに行って来た。いつもの通り勉強になった。今回社会生活部会を傍聴したので、前のように学校関連の話ではなかった。それに代わって、多文化ソーシャルワーカーの話になった。それは、言語や文化を理解を持って、川崎市の外国人市民を支援する役割だそうだ。まだいないが、会議で求められた。会議で強調されたのは、ボランティアではなく、生活保障ができる専門家が必要だということだった。ボランティアなら、技術はない場合は多いし、そして自分のためにボランティアすることも多い。仕事をする人が他人のために働くと言われた。その上、情報の提供で終わるサービスではなく、問題の解決まで付き添ってくれる人はいいと言った。

そういう人がいるといいのは否めない。川崎市に住んでいる日本人の為にいるといいとも思う。だが、実現可能な希望かどうかは疑問的だと思う。まずは、ニュアンスまで通訳できる人が欲しいと言った。それはそうだ。行政や医療機関と関わったら、きちんと分かるのは重要だ。だが、ニュアンスが翻訳する人の能力は極めて高い。通訳の場合、日本語から外国語まで、それに外国語から日本語まで、両方できる能力は必要だ。そういう能力を持つ人の給料は些細なことではないはずだ。そして、言語の上に医療や行政に対する専門的な知識が求められた。問題の解決を支援するために必要だが、それは弁護士や看護士のような資格なのではないか。それもかなりの専門家だ。

そして、需要の側も考えよう。外国人といったら、画一的な団体ではない。言語はまず異なる。中国語の通訳ができる人は、英語の通訳はできないはずだ。タガログ語も、ポルトガル語も必要になるので、一つの専門に数人が必要となる。そのぐらいな人材を募集するのは簡単ではないし、費用も少なくないはずだ。たぶん通訳者を雇って、日本語しかできない専門家との相談を可能にする方法は一番現実的なのではないかと思うが、それでも難しい。

ところで、会議の最後に意見のアンケートに記入したが、やはり漢字が書けない。今、これを書いたら間違いに気がついた。(文化の代わりに分化と書いてしまったこと。)手書きになる度に、漢字の書き方を練習しないと思うが、なかなか時間が見つからない。今度こそ、と思っても。

ちなみに会議の後で事務局の人に話しかけてもらって、このブログをご覧くださることが分かった。だから、丁寧に書かないとと思ったが、やはりアンケートがもう匿名ではなくなってしまった。この場を利用して、次回の会議で私の意見を配る前に漢字のミスを直してもらえたら嬉しいと言っておく。よろしくお願いします。

川崎市外国人市民代表者会議

昨日の午後に川崎市外国人市民代表者会議(後は川崎外国人会)の会議を傍聴しに行って来た。川崎外国人会はほぼ月に一回集まって、川崎市で外国人が直面する問題を論じたり、市長や市議員に提言する会議だ。行政的な権利はないが、市の条例によって、市長が提言を受け止めて、返事する義務がある。過去の提言によって市の方針が変わった場合もあるので、ただの談話会議ではない。

昨日は今年度の最初の会議だったので、事務局の方からの自己紹介があった。(人事の変化があったからだったそうだ。)その内、統計は発表した。川崎市の人口が140万人を超えたそうだが、その内外国人が3万人に昇ったそうだ。2パーセントぐらいだ。日本で、外国人の割合は高いと言える。一番高いとは言えないと思うが、比較的に高い。だから、外国人が楽に川崎市で暮らせるようにするのは、勤務とは言えなくても、重大な市の問題だ。

川崎外国人会には二つの部会がある。一つは教育と文化を論じて、もう一つは社会と生活を論じる。今回教育の方を傍聴した。県立高校の入学試験には外国人向けの特別枠があるそうだ。日本語はまだぺらぺらではない人のために試験の形が変わることだ。だが、最近川崎市に住む外国人の数が急増したものの、定員は十年間で変わっていない。だから合格率が急落した。この制度の緩和と川崎市立高校での設けを求める提言になりそうだった。

そして、外国人の生徒のために学習支援があるようだが、それは日本語の教育を中心にして、一年間や二年間に限られているようだ。それが足りないのは言うまでもないだろう。私が一年半もっぱら日本語を勉強したが、まだ足りなかった。そして、日本の文化とマナーを教える必要もある。外国人の保護者を持っている子供は、家で学べないので、学校での学習支援しかないだろう。だから、この制度の改善を求める提言にもなりそうだ。

今回みた部会の内容は、私と直接な関係はないと言える。真由喜は外国人であっても(英国籍を持っているからだ)日本人でもあり、日本の学校に入ったら、日本で育ってからのことになるので、そういう問題はない。だが、他の外国人に役に立つと思う。といっても、次回生活などの部会を傍聴すると思う。ちゃんと分かるために両方をみたほうがいいと思う。