保育制度

今朝のNHKラジオニュースによると、専業主婦がいる二人親の世帯の12.4%は貧困であるそうだ。その大きな理由は、保育が見つからないことだそうだ。

信じやすいことだ。現在の保育制度には大きな問題点があると思う。川崎市の制度しか分からないが、全国的に基本的に同じだと聞いたことがあるので、川崎市の状況に基づいて説明する。

私立保育園は高い。時給は1000円に近くなければ、保育料が収入を上回る場合は少なくない。だから、貧困の世帯には経済面で働く意味はない。公立保育園しか使えない。しかし、公立保育園に用事に入らせるために、親が二人共フルタイムで働かなければならない。そうではなければ、優先順位は低すぎるので、断られる。そして、新生は年度ごとだから、就職するために年度と一緒に始まる仕事ではないとダメだ。

しかし、貧困の世帯には、非正規労働者は多い。そのような仕事が年度と一緒に始まることは少ないし、さらに申請するときには保育について尋ねられることはなくてもその必要性に配慮する人は大半だと思う。それに、パートなどが公立保育の基準に至らない場合は多い。

もちろん、解決の一部は保育の児童の数を増やすことだ。需要に合わない供給の状態で、他の制度の改善が解決につながらない。でも、それに加えて制度の改善も必要だ。年度の途中ですぐに入れることも必要だし、パートで働けば子供が公立保育園に入れる条件も必要だ。貧困問題や格差社会問題の解決にも、男女平等の促進にも保育の普及が貢献すると言われるので、優先すべき政策なのではないかと思う。

能力の出世

能力の出世は現在の常識だ。何故能力のある人を出世させるべきか説明する必要はないだろう。しかし、他の道とちょっと異なる点があるので、ここでそれについてちょっと語りたいと思う。

それは、能力のある人は、仕事ができることだ。難しい仕事もできるし、仕事はそんなに難しくなければ、効率よくできるし、良質な成果を挙げることもできる。どの組織でも、能力がある人が率いれば成功するので、組織が自分の利益をしっかり考えれば、能力を持つ人を出世したくなるだろう。特に、他の人の職場作りや生活維持を担当する人には能力は必要不可欠だ。だから、人間が行う制度が失敗することを認めながら、少なくとも充分な能力を持つ人を目指す制度を設けるべきだ。つまり、大きな組織で権力者を家柄や継続や宝くじで選ぶべきではない。

国家はまさしくそうだ。首相や某大臣には能力はなかったら、国がどのような状態に陥るか、日本人こそが分かるだろう。でも、会社もそうだ。だから、会社の会長が創業家に受け継がれたら、権力を持つ代表取締役を能力で選んだほうがいい。能力は、持ち主にだけではなく、周りの人にも必要だ。出世に一本の道しかない状態は良くないが、あえてそうすれば、能力で出世する道を保護するべきだと思う。だから、道を複数にしようとする行動で、能力で出世できるようにいつも気をつけなければならない。

家柄の出世

家柄の出世は、一番伝統的だろう。皇位を始め、地位が子供に継がれることは多い。将軍家もそうだし、千家の家元もそうだし、多くの神社もそうだ。普通の会社でも、創業家の権力は大きいところもある。しかし、現在の社会に相応しくないとよく言われる、廃止しようとする人も少なくない。その理由として、不公平だとか、能力が遺伝子と一緒に伝わらない場合は多いなどと訴えられる。

確かに国の元帥を家柄で選ぶのは良くないと思う。実権が握れば、国民のために実力で選任するべきだ。しかし、象徴であれば、この方法でもいいのではないか。

公平と不公平を区別するのは非常に難しいが、私の意見は、家柄の出世を禁じるこそは不公平だと思う。能力の運しか効かなければ、他の運を得た人に不公平だからだ。そして、能力の問題で、能力が続かないからこそこの出世への道を保つべきだ、と私が強調したいのだ。家柄が能力といつも伴ったら、別な出世の道にならないからだ。

もちろん、落とし穴がある。跡継ぎが何をしても出世すると思ったら、反社会的な行為まで犯す恐れがある。しかし、何の出世の道でも同じだ。資格を持つ自信がある人は、心配せずに勝手に振る舞う。このような問題を社会の他の構成で改善するべきだと思う。

そして、その問題の反面として、家柄の出世が認められたら、自分の努力で子孫の位を確保できるので、将来を考えさせる効果もある。社会に貢献する傾向を促進して、社会に反する傾向を抑制したら、いいのではないか。

ただし、ある分野を家柄の資格に占められないように気をつけなければならない。神社の宮司にせよ、茶の湯の家元にせよ、能力を持つ家柄のない人も頂点に至れる制度は必要だ。分野によって、継続で頂点に至る可能性もある。宝くじも可能だし。原則は、他の人の利益に触れなければ、複数の道を設けることだ。

宝くじの出世

出世する為の道を如何に増やしても一つにも向いていない人がいると思われる。だから、機会均等を保つために、無作為な出世を設けるべきだと思う。

一番簡単な実現は、毎年住民の数人を無作為で選択して、終身の年金を与えることだ。出世に当たるために、年額を500万円以上にするべきだろう。

犯罪を犯した人が数年間対象から排除されるべきだろうが、何かをすることによる受取る権利を得れば、その何かはできない人がいるので、そうしない方がいいだろう。

ちょっと調整することは、当たれば500万円の年収が保証されることだろう。だから、年収はもう500万円を超えたら、何も利益はない。一方、仕事を止めたら、500万円を得るので、自由が得られる。

当たる確率は宝くじより低いだろうが、毎年一人だったら、平均寿命の半分ぐらいの人数になるので、40人ぐらいに上る。それは、合計4億円の予算だ。だから、毎年10人にしてもいいだろう。国の予算がそれほどの福祉を支えられるからだ。日本での確率は、1000万分の一になるが、それでも希望になれるのではないか。

重要なのは、犯罪を避けることのみは必要であることだ。社会の構成に違反しない限り、この道で出世できる。病気で体を動かせなくても、可能だ。もちろん、これは唯一の出世の道だったら、足りない。ただし、複数の道を設けたら、この一本を加えれば、まだ網羅されていない人もカバーされるので、最後の補完として制度を完成させる。