ハワイアンズ

今週の月曜日は真由喜の小学校の振替休日になったので、二人で旅行に出かけた。今回は、真由喜が選んだ行き先だったので、いわき市にあるハワイアンズに一泊してきた。いつもの通り数ヶ月前に予約したので、真由喜が旅を相当楽しみにしいた。しかし、出発日が近づくと、天気予報が怪しくなってきた。前日になったら、予報を何回も確認して、真由喜に行けなくなる可能性を言った。だから、日曜日になったら、窓の外を心配しながら見た。

雪はなかった。JRのホームページで確認したら、雪が問題になっていなかった。踏切の問題で遅れが出ていたが、私たちが予約した列車まで影響は及ばなかった。だから、喜びながら、予定通り出発した。最近、いわきまでの特急列車ひたち号が品川駅から始発するようになったので、上野まで行く必要はなかった。2時間30分ぐらいの道のりだが、特急で快適にできた。下車は湯本駅だが、降りたら真由喜にはホームの足湯が気になった。あいにく、ハワイアンズへのバスに乗らなければならなかったので、その時試すことはできなかった。駅からハワイアンズまでのバスは無料だし、特急に合わせられるので、簡単に行けた。(ところで、新宿からの無料送迎バスもあるようだが、真由喜はバスで酔ってしまうので、主に電車にした。)

ハワイアンズで、すぐに提供された服に着替えて、お昼を食べに行った。ちょっと遅めに着いたので、営業中の飲食店は少なかったが、蕎麦屋さんはやていたので、真由喜が好きな食事はできた。(ところで、部屋番号で支払えたので、便利だった。)そして、部屋に戻って、水着を持ってプールへ向かった。プールで、「フィシュ・ゴ・ラウンド」という流れるプールがあるが、真由喜が気に入って、735回回った(と感じた)。浮き輪に浮いたり、ゴーグルをして潜ったり、ビーチボールをお互いに投げたりしたので、楽しかった。

晩御飯はバイキングだったし、真由喜の好きなポテトや唐揚げもあったので、真由喜は大満足だった。野菜も食べたし、私に「もっと野菜を食べなさい」とも戒めた。晩御飯の後で、夜のフーラガールショーに遅れそうだったので、ダッシュで会場に向かった。2階に上がることになったが、結局ちゃんと見れた。やはり、日曜日の夜は、それほど混んでいない。それでも、1階で座席は取れなかったので、客さんは結構いた。

ショーで、真由喜にはファイヤナイフの踊りが特に気に入ったようだ。その演奏で、火を手で取ることもあったので、驚いた。そして、火の妖精と氷の妖精が出た踊りも印象的だったようだ。

次の日の朝ごはんの後で、施設が開くまでに出る準備をして、開いたらすぐに流れるプールに入った。また数百回回った(はずだ)。そして、記念写真を撮ってもらって、お昼を食べて、またショーを見た。ショーの後で、帰る準備だった。帰りで、湯本駅で待つことになっていたので、真由喜はやっと足湯を試すことはできた。気持ちは良かったそうだ。

真由喜はいつも1泊の力の短さを嘆くが、やはり短く感じるね。その一方、ちょうど私の週末に入れたことは良い。そして、平日のハワイアンズはちょうどいい混み具合だった。寂しくなかったが、お昼の飲食店でも3人程度待てば注文できたし、座る場所も取れたし、プールで自由に遊べた。今年の春の親子旅行はかなり前倒しになったが、戦略として良かった。

では、次回を考えなければならない。

アメリカへの旅

今月の頭、弟がアメリカのアリゾナ州で結婚式を挙げたので、参列に行ってきた。弟というのは、父の再婚相手の息子で、アメリカ生まれ育ちのアメリカ人だから、アメリカで挙式するのは当たり前だと思われるだろうが、妹は同じくアメリカ生まれ育ちであるが、イギリス人と結婚することになったので、イギリスで挙式した。(それは、私が日本に移住してからのことだったので、母国の挙式であったにもかかわらず、長い旅になった。)今回の結婚式は、小学校が入っている時期だったので、真由喜は行くわけにはいかなかった。したがって、ゆり子も日本に残ることになった。

一人で行く良い点は、飛行機の中で映画をたくさん見ることはできるぐらい。そして、最近ゆり子と真由喜もいてもできるようになったので、それほどのメリットではない。でも、弟の結婚式に参列しなければならないので、仕方がない。その上、兄弟も皆集まってきたので、父と父の妻と会えたし、妹とも会えた。それは本当に良かった。結婚式の準備もあったので、ゆっくり話す時間はちょっと限られたが、ないより大幅に良かった。

車の窓から低木がある砂漠の奥には、風邪などに削られた山が見えるそして、結婚式はアリゾナ州だったが。父はカリフォルニア州に住んでいるので、式場に行くために所謂「ロードトリップ」をした。8時間程度かかった。そして、カリフォルニアを出る前に高速道路の一つの方向が通行止めとなったので、大きな渋滞には2時間ほど過ごした。その代償として、アメリカで有名で歴史のある66号道路を走ることができた。

高速道路が開通してから、66号沿いの町が衰退したことはよくわかった。「武器禁止」と明記する必要を感じる宿泊施設に泊まりたくないなと思うしかない。

式場は、アリゾナ州の山の中にある離れで構成されたリゾート地だった。アリゾナ州のイメージは暑いが、11月の山はやはり寒かった。しかし、家族の心は温かったので、凌げた。8時間の移動の後で1泊の休憩してから、結婚の祝いに入った。

結婚式自体は人前結婚だったので、新郎新婦は家族に囲まれ、自分で考えた誓いをお互いに言った。式の後で披露宴があったが、残念ながら私が病気になって、途中退場を余儀なくされた。時々ある現象だが、食事中で急に吐くようになる。普段、吐いたらまた元気になるが、原因は不明だ。食事には問題があるはずはないし、共通点は少ないので、謎のままである。

式の翌日には自由の時間もあったが、私はまだちょっと体調が優れていなかったので、部屋で休んだ。妹と話したら、若しかして高山病なのではないかとも思った。確かに、1700メートルのところだった。その日の午後には仮装パーティーがあったが、テーマは「愛すること」だったので、私はお白石持ち行事の時に着た服にした。日本も祭も好きだから、適切だと思った。新郎は新婦を装って、新婦は新郎の名前に因んで熊の仮装にした。

翌日、朝早く空港に向かって、砂漠の暁も見えた。

行ってよかったが、疲れた。実は、今でも疲れている。仕事に追われ、ゆっくり休む機会はなかったからだ。国際的な家族には、このような問題点もあるよね。

瑞鳳殿と牡鹿半島

東北の旅の後半も仙台に始まった。伊達の廟である瑞鳳殿を見に行って、県立美術館にも行くつもりだったので、観光バスのるーぷる仙台に乗った。やはり、連休中に使おうとしたら、混雑するが、観光地を訪れるためには便利だし、運転手が見えることについて語ってくれる。その案内の中に仙台に住む有名人の噂話とか、「今右側に馬が見えるよ」とか、「地下鉄の列車が試験運転をしている様子は見える。皆様はラッキーです!」などもあったので、かなり面白かった。3回乗ったので、運転手によって違うことも分かった。

特に面白い話をしていた運転手さんは、途中で「ここから仙台港が見える。先日名古屋から来たお客さんによると、名古屋からフェリーに乗ったら、新幹線よりお得であることを教えてもらった。」と言った。それはきっとゆり子の母の話だろう。不思議だな。

家族が並木のある階段を登る瑞鳳殿は丘の上にあるので、ゆっくり歩いた。しかし、戦火にあった現物を再現した建物であるにもかかわらず、印象は良かったし、再築のおかげで伊達政宗の葬り方も分かったそうだ。県立美術館に行けたが、お昼を食べたら、ゆり子はささっと展示品を見ることしかできなかった。やはり、余裕は少ない計画がそうなる。仙台の全てを見るために、2泊は当然足りない。

真由喜には学校があったため、ゆり子と真由喜が先に帰ったが、母と一緒に私が石巻市に移動して、一泊した。ホテルは予想より大きかったので、石巻市はちょっと大きな街だよね。

翌日、金華山黄金山神社に参拝した。母と一緒に電車で女川まで行った。新しくできた女川駅は、7月に参拝した時に見えたが、駅前で商店街の建築が始まった。次回行ったら、女川でお昼を食べられるようになっているようだから、もしかして女川経由で行くことになるだろう。駅で、「なべちゃん」という海上タクシーの方が迎えに来て、港に送ってくれた。そして、寄磯という港だったので、道から金華山ははっきり見えた。

母が鮎川桟橋の柱を見る神社で被災地復興祈願祭を執り行ってもらって、また船で鮎川に行った。鮎川の復旧も進んでいるが、まだまだ道程は遠いようだ。桟橋はできているが、新しい商店街や市街地の準備はまだまだ初段階に過ぎない。鮎川でお昼を食べてから、海岸まで散歩したが、母は感動した。やはり、家などが建っていた道を歩いて、周りには何もない状態で、津波の強さを実感する。私が今でも東北へ旅する理由がよく分かったそうだから、よかった。

そして、路線バスで石巻市へ戻ったので、牡鹿半島全体を見えた。大変綺麗な地域であるので、観光が盛んになると良いと勝手に思っている。

新幹線に乗って帰ったので、東北の旅は全て楽しかった。

仙台と松島

東北の旅行の主な拠点は、仙台だった。私が旅行すれば、よく朝早く出発するが、今回は家族で行くことになっていたのでお昼ぐらいの東京発の新幹線に予約した。新幹線でお昼を食べて、仙台に着いたらすぐにホテルにチェックインした。1日目の予定は、ゆり子の母と晩ご飯することぐらいだったので、ゆっくりした。ただし、私の母は、ちょっと外に出て散歩したいと言ったので、地図を見て、ホテルに近い公園までの散歩に出た。

公園で、ゆり子と真由喜が舞台の上の踊りを観賞する公園に着いたら、「みちのくYOSAKOIまつり」が開催されていた。コンテストの途中だったので、公園に立ち止まって、30分以上踊りを楽しんだ。特に、名古屋からの団体がかぐや姫をテーマとした踊りを披露して、旗などを使って背景も組み立てたし、圧迫された。(写真は撮っていないし。夢中になったためだろう。)真由喜もこの踊りはお気に入りで、会場を出たら道で自分の創作踊りを披露した。

ビルの隙間から紫色の夕焼けが見えるそして、仙台駅に戻って、ゆり子の母と合流して、夕食した。駅前のデッキから、素晴らしい夕焼けが見えたので、それも写真を撮った。そして、せっかく仙台に来ていたので、牛タンを食べに行った。あいにく、母は牛タンのファンにならなかったが、私は好きなので、母が残して分も食べた。(体重がちょっと増えたけれども。)食べながら、ゆり子の母が、名古屋から仙台までフェリーに乗った話をした。時間がかかるが、お金はそれほどかからないという話だった。ゆっくり行く移動は、私も好きなので、いつか試すのかな。一方、電車の旅も好きなので、結局仙台は新幹線だろう。

とにかく、翌日は日帰り旅行を計画して、松島に行ってきた。天気は曇り時々雨だったが、雨はひどくなかったし、降らない合間も多かったので、充分楽しめた。松島海岸駅は11時過ぎに着いて、先に案内本で見つけたレストランに向かった。三連休の最中の日曜日に、さすがに松島は混むだろうと思ったので、お昼の工夫だったが、大成功だった。レストランが開店する瞬間に入って、最初は私たちだけだった。だから注文はすぐに来たし、美味しかった。私は、カキフライの定食を食べたが、ちょっと久しぶりだった。

それから、瑞巌寺を観光した。平成の大修繕の途中だから、本殿は見えなかったが、普通に公開されていない廟などは見えた。そして、大震災の被害を実感できた。瑞巌寺は、8年前にゆり子と一緒に訪れたが、その時参道を囲む杉林は印象的だった。しかし、津波の影響でその杉が枯れ、植樹工事が途中だった。数百年後、その前の姿が蘇るだろう。

松島の島の一つ。島には穴が見える。松島といえば、遊覧船だろう。瑞巌寺の後で、遊覧船に乗って、島を会場から楽しんだ。母は、グリーン券を買おうと言ったので、二階のグリーン席に座った。そして、一部後ろのデッキに出て、風景を楽しめた。

やはり、松島湾の島々は感動的である。イギリスにはそのような島は存在しないので、母にとって新鮮な経験になっていたようだ。ただし、風はちょっと強かったので、湾から出て太平洋になったら、船がかなり揺れた。島の上がり下がりも面白かったが、やはり真由喜がちょっと酔った。

仙台に戻ったら、夕食を食べて、ホテルに戻ったので、旅の前半はとても楽しかった。