母の訪日

先日まで、母が日本に来てくれた。真由喜の七五三以来、ほぼ2年ぶりだった。(去年の夏、私たちがイギリスに行ったけれども。)楽しい旅だったし、ビデオチャットがあっても、やはり実際に顔をあわせるのは良いね。次回をもう楽しみにしている。

母がいる間に仕事を完全になくすことはできなかったが、ちょっと減らして、母と時間を過ごしたりした。天気に恵まれたと言えるかどうかは分からないが、少なくとも酷くなかったので外での活動も楽しめた。

近所の行動は多かった。まずは、母は孫の真由喜の習い事の現場を見学した。到着した翌日に日本舞踊のお稽古に出席して、真由喜のお稽古の姿を見た。もちろん、踊りのビデオを見せたことがあるが、これは生で見る初めての機会だった。同じように、バレエ教室も見学したが、それは2回目だった。もちろん、真由喜の日常生活も見えたし、学校の友達との遊びも経験できた。祖母として重要なことだと思う。

それに、近所の散歩と食事もした。うちの団地に近い小さな公園があるが、そこで近所のパン屋さんで買ったサンドイッチを食べるお昼は少なくなかった。一人での散歩も好きな母は、近所の散策も楽しめた。結局、一人で小さな買い物に買い物に行くことにもなった。母は、日本語はできないのは言うまでもないだろうが、手振り身振りでできることだよね。(長期的に日本に住むつもりなら、日本語を取得したほうが良いけれども。)

このように細やかな喜びは、家族の重要な要素の一つだと思う。しかし、せっかく日本まで来たので、もう少し遠方の旅もした。それは、宮城県までだったが、後日紹介したいと思う。

秋田県

旅行の最後の日は、前日降りた列車にまた乗ることになったので、早起きは不要だった。私が朝風呂をして、また露天風呂に入れたが、真由喜はやりたくなかった。朝ご飯はビュフェで美味しかったし、出発する前に部屋でゆっくりできた。ただし、真由喜がアイカツゲームをやりすぎて、電池切れになりそうだった。そのため、列車に乗ったら、遊べなかった。

だから、景色を見たり、私と話したり、見た映画の面白いシーンを再現したりした。楽しい時間だった。

秋田市を見下ろしている真由喜列車は途中で進行方向を変えたので、私たちの車両が一番前の車両になった。車両の前には展望があったので、真由喜に「行っても良い」と言ったら、積極的に見に行った。その場で、別な家族の息子さんと出会って、すぐに仲良くになった。一緒に遊んだり、写真を撮り合ったりした。秋田駅に着いたら、私たちは秋田市での観光の余裕を持ったし、他の家族も余裕があったので、駅でまた合流することにした。その前に、私と真由喜はうどんを食べに行った。レストランの建物も面白かったし、うどんも美味しかったし、真由喜の大好きなかき氷のデザートもあったので、大満足だった。それから、千秋公園に足を伸ばして、秋田城跡の丘を登って、秋田市の眺めを楽しめた。

駅に戻ったら、リゾートしらかみからの家族とまた会って、真由喜と息子さんが楽しそうに遊んだ。そのような偶然の出会いは本当に良いことだし、旅行の楽しみの一つだ。

帰りは秋田新幹線で、長い道のりだった。真由喜が寝たが、私の膝枕だったので、足が痛くなり始めたら起こした。起こされたのでちょっと不機嫌だったが、東京に到着する前に直った。帰宅は10時半だったが、翌日も祝日だったので、真由喜は大丈夫だった。

今回の旅は本当に良かった。真由喜もご機嫌だったし、たくさんの体験などを楽しめた。そして、ゲーム機の役割も大きかった。やはり、計画ができるように、待ち時間を入れなければならないが、子供がその間退屈にならないように、ゲーム機は最適。イヤホンも持ったが、場合によって真由喜が消音して遊んだ。もちろん、ゲームばかりするのは良くない。それは、うちでもできるからだ。しかし、旅行先の楽しい機会があれば、真由喜が楽しいことをした。ゲームは、その間の時間潰しに利用した。これからも持って行くだろう。

そして、ゆり子は静かな家で楽しめたそうだ。それも旅の重要な役割の一つである。

次回の旅の予定をもう考えている。楽しみ!

青森県の西海岸

旅行の2日目は、弘前の8時50分発のリゾートしらかみ2号の列車で始まった。駅から1分のホテルだったので、厳しい早起きではなかった。リゾートしらかみという特急列車は、観光のためで、窓は大きいし、眺めは良い。最初は、林檎林を走って、反対側の窓から岩木山が見えたが、それほど面白くなかったようで、真由喜がアイカツゲームをひたすらやっていた。

真由喜が千畳敷で飛び上がるしかし、海岸沿いの鉄道になったら、真由喜も眺めを見るようになったし、千畳敷駅で電車が一時停車したら、真由喜は積極的に降りようとした。この千畳敷での停車は、珍しい岩を見るための機会を与えるためである。列車が15分程度停車して、出発する前に汽笛を鳴らす。ほぼ全員で降りて、海岸に行ったと思う。真由喜は岩の上で楽しんだが、海まで行って戻る余裕はなかったので、途中でやめた。汽笛が鳴る時点で、ホームに立ったので、焦らずに電車に乗れた。

本当に降りたので、ウェスパ椿山駅だった。この駅は、リゾートの専用駅であると言えるので、リゾートで楽しむ計画があった。まず、スロープカーという乗り物に乗って、山のてっぺんまで登った。それから、展望台に行った。眺めは素晴らしかったし、風車も見えたので、写真をたくさん撮った。そして、降りたら、スロープカーから野生のニホンザルを見た。真由喜は大喜びだった。初めてだと言ったが、もしかして小さい頃日光で見たかもしれない。それはもう覚えられないことだけれども。

お昼は焼きそばと焼き鳥だったが、その後ガラス工房での体験をした。フュージング体験だったので、真由喜が模様を作ったら、窯で仕上がりしてもらう。そのため、商品はまだ届いていない。来週届く見込みだ。体験ができたら、旅館への送迎バスを待っている間に真由喜はゲームをしたが、私は新聞を読んだ。

夕陽が日本海に沈む旅館は不老ふ死温泉だった。有名なのは、海辺の露天風呂。ただし、私たちが着いた瞬間で、雨が降り出した。どんどん雨脚を強まり、大雨になったので、露天風呂にはすぐに入れなかった。その代わりに、真由喜と一緒に旅館の探検をした。雨は激しかったが、真由喜は露天風呂に入りたくて、準備を勧めた。だから、露天風呂の隣の内風呂に行って、掛け湯をした。ちょうど出るときに、雨がやんだので、気持ち良く露天風呂に入浴できた。露天風呂は、混浴と女性専用があるので、真由喜は私と一緒に入れた。実は、子供は数人いたが、なぜか女の子しかいなかった。家族連れは多く、混浴に入る女性も少なくなかった。

夕日は、露天風呂から見えるが、私たちの部屋からも見えたので、日が沈む前に湯上りして、部屋に戻った。戻る途中、露天風呂に向かう人と多くすれ違ったので、日没の瞬間で芋洗になっただろう。私たちは、部屋からゆっくり見えた。

夕食も美味しかったので、これも良い1日だった。

三内丸山遺跡

先日の旅行について書きたいと思う。とても良い旅になったので、東北の旅をまた勧めたくなってきた。

初日、朝早く起きて、東北新幹線のはやぶさに乗った。新幹線での移動は快適だから、新青森駅までの3時間強は長く感じなかった。真由喜が窓の外を見たり、ゲーム機でアイカツのゲームを遊んだり、私と話したりして、楽しく過ごせた。

真由喜が縄文時代の復元された家に入ろうとするそして、新青森駅からシャトルバスに乗って、三内丸山遺跡まで行った。バスで遠くなかったし、遺跡もそれほど混雑していなかった。5連休のシルバーウィークでどれほど混むかはちょっと心配していたが、結局問題はなかった。縄文時代の衣装を試着してから、案内ビデオをちょっと見た。それから、遺跡に向かって、復元された建物を楽しめた。縄文人は現代の日本人よりさらに小さかったので、私は入りづらかったが、真由喜は土の床や木造の家には興味津々だった。たくさんを回って、見学した。

それから、ミュージアムに行って、日常生活についてちょっと学んだ。真由喜の感想によると、縄文人が頭を使って生活したことがわかって、感動したそうだ。ミュージアムの後で、縄文人の工芸を体験して、琥珀のペンダントを作成した。最後に、ちょっと遅くなっていたが、お昼を食べて、宿泊先の弘前に向かった。

弘前の街の向こうに岩木山が聳える弘前で、普通の駅前のホテルで止まったが、窓から岩木山がはっきり見えた。山を見て、山岳信仰の根源を実感した。周辺のどこにいても、山が聳えて見守る気持ちだから、火山で活発になれば、さらに畏敬を感じるのは自然だろう。

ところで、ホテルでは、2泊の来客が2泊目を近隣のホテルに移してあげれが、かなりを特典を提供するとの看板があった。やはり、シルバーウィークの影響で、客室を出しすぎてしまったようだった。混み具合として、特急列車は満席になっていたが、施設は嫌なほど混むことはなかった。やはり、首都圏から遠いし、阪神からさらに遠いので、大型連休でも旅行する人は少ない方だろう。

弘前で、食べるところを探したが、結局ショッピングセンターのフードコートでごく普通の食べ物になった。真由喜の好きな食べ物を探すのはまだまだ簡単ではないからだ。幸い、三内丸山遺跡ではうどんやそばがあったので、真由喜は満足できたし、夕食も、デザートとしてアイスもあったので、それも結局満足だった。子供と旅すれば、自分のイメージを建てすぎてはいけない。子供のやりたいことに合わせて行動しなければならない。

楽しい1日の後で、ホテルで寝た。2日目は、後ほど書かせていただく。