ただいま!

昨日、真由喜と一緒の東北旅行から帰ってきた。青森県と秋田県を訪れたし、とても楽しかった。初日の三内丸山遺跡から最終日の電車の中で出会った子どもとの遊びまで、真由喜はずっとご機嫌で楽しんだ。

そして、真由喜は今日学校はないので、休める。私は仕事があるけれども。まだ疲れている。近日にもう少し詳しい紀行を載せたいと思う。

陸中でキャンプ

先日の旅行について書きたいと思う。結論(?)からいうと、とても楽しい旅行だった。

私たちのテントは緑の中である。宿泊先は休暇村陸中宮古キャンプ場だった。私たちは、電車で行くことのは好きだ。車は持っていないし、私も真由喜もバスの中で酔うこともあるし、飛行機はめんどくさくて不愉快と感じるので、新幹線や特急に乗って行くことは多い。だから、今回新幹線に乗って盛岡まで行って、そして在来線で宮古まで行くことにした。

しかし。新幹線は、大宮駅で止まった。那須塩原駅で信号故障があって、1時間20分動かなかった。途中で小山駅の手前まで進んだが、長く待たなければならなかった。盛岡到着は時刻より2時間以上遅れていた。新幹線でそういう経験は初めてだった。幸い、盛岡からの電車はあったので、キャンプ場に3時間遅れて到着したし、休暇村が送迎バスを派遣してくれたし、特急券の料金は払い戻しになるので、大きな問題にならなかった。

そして、キャンプ場で「手ぶらでキャンプ」のプランだった。それは、テントなどはすでに張ってある状態で、そしてバーベキューのための食材なども提供されるプランだったので、ついたらバーベキューを開始して、食べて寝るしかなかった。テントを設営することがあったら、やはり大変だった。

大きな岩の間に向こうにある島が浮かぶ翌日、本館での朝ごはんの後で、バスに乗って浄土ヶ浜に向かった。真由喜は海で遊びたかったので、浄土ヶ浜は一番適切だった。ビジターセンターでバスを降りて、海水浴場まで海岸沿いを歩いた。浄土ヶ浜の周辺はリアス海岸であるので、崖や岩の形は面白いし、海水は非常に透明で綺麗だった。気温は適切だったので、浄土ヶ浜に着いたら、ゆり子と真由喜が更衣室で着替えて、海に遊びに行った。真由喜とゆり子が海で遊んでいた間に、私が読書したので、私も満足だった。

キャンプ場に戻ったら、またバーベキューを楽しんだ。食材の量は私たちにとってちょっと多かったが、美味しかったし、真由喜も手伝ってくれた。キャンプ場は満室ではなかったが、近いところに幼い女子二人が泊まっていたので、真由喜が一緒に遊んだ。翌朝も同じだった。そして、朝になったら、アリを見つけた。行列を遡ったら、巣の入り口も見つけたので、イモムシを狩って、巣まで運ぶアリをしばらくの間観察した。真由喜はもちろん、私も初めてだったろう。子供の頃、自然観察はあまりしなかった。

最後の日に、宮古の道の駅を訪れて、震災についての展示も見た。

震災といえば、爪痕はまだはっきりしていた。特に宮古市の港周辺では、瓦礫の撤去は終わっていたとはいえ、道路の整備はまだ途中だったし、建物の再建は始めていなかった印象だった。それほど大規模な災害は、復旧にはかなり時間がかかることを痛感した。

帰り道の新幹線には問題はなかったので、予定どおり帰宅できた。真由喜もキャンプを楽しんだようだから、またキャンプに行きたいと思う。休暇村には複数の「手ぶらでキャンプ」ができるキャンプ場があるので、別なところへ行ってまたするかと思う。ただし、次回はゆり子はレンタカーもしたいと言う。周辺の観光地に手軽に行けることは良いそうだ。それも、検討する。

良い思い出になったなぁ。

ただいま!

昨日、岩手県宮古市への旅行から帰ってきた。休暇村のキャンプ場で泊まったが、大成功だった。真由喜が海水浴をしたり、隣のテントの子供と遊んだり、バーベキューを食べたり、アリを観察したり、手持ち花火をやったりしたし、自然の中の暮らしを楽しんだ。「うちに帰りたくなったと言ったので、昨日の朝だったので、タイミングもぴったりだった。

すぐに詳細について書きたいと思うが、取り急ぎで報告まで。

金華山黄金山神社

旅行の最後の1泊は、金華山黄金山神社での参籠だった。これも三回目だった。実は、この神社で言い伝えがある。名称からわかると思うが、金運がご利益と言われる神社だが、もし3年連続でお参りして、祈祷を執り行ってもらって、御朱印をいただければ、一生お金に困らないそうだ。そして、そのご祈祷は1万円以上の初穂料であれば、記念品ももらえる。今回、私はこの3回の参拝に達成したので、記念品ももらった。綺麗だが、詳細は公表しない。興味がある方、ぜひお参りしてください。

金華山の隋神門の前には鳥居はないところで、私がお参りしている理由は、東日本大震災の復興を祈るためである。なぜこの神社で祈願祭を執り行ってもらうかというと、理由は三つある。

まず、金運の神様であること。震災の真っ最中では、命を救うのは一番だが、その危険は去った。復興するためには、経済力は必要だ。雇用は必要だし、建物を立て直したり道路などを整備するのは必要だが、そのような活動は経済的な活動である。だから、金運のご利益のある神社は適切である。

そして、地理的に言えば、震央に一番近い陸である。金華山は島だが、震央はより沖の方にあったそうだ。それでも、本土より近いと言われる。震災の発生地に近い神社で復興を祈ることも適切である。

隋神門の前には鳥居がある最後に、島にある神社だ。参拝するために、まず仙台に行かなければならない。そして、女川か鮎川かまで行く。最後に、船に乗って渡航する。神社にも初穂料を収める。こうするために、被災地の経済を支えなければならない。その上、ただ寄付を撒くのではなく、被災者の仕事を支える。海運を行う人は、沿岸の経済で役割を担う。神社に収めるお金も、地元に使われることは多い。もちろん、一人であれば大きな影響はないが、他の参拝者と合わせたら、経済が安定するまでの間の橋渡しになれるのではないかと思う。

つまり、象徴的に復興祈願には適切だし、実践的にも僅かながらも効果が期待できる。

ところで、今回実感したことは、復興への道程の長さだった。神社に参拝する旅に新歩している。例えば、今回大鳥居は再建されていた。そして、お風呂は、1年目は旧浴場の神職用のところは使えたが、2年目はユニットバスの臨時施設だった。今回は、新しい大浴場は使えた。一方、桟橋から神社もでの道路は、まだまだ整備されていない。神職の話によると、今年する予定であるそうだ。他の修復もまだ途中である。鮎川や女川ではさらに印象的である。女川では、立派な真新しい駅があるし、去年以来電車が通るようになったが、駅の周りは工事現場しかない。

これを見て、やはり復興の支援を続けなければならないと思った。東北への良好は主な形になるかと思うが、大震災は風化するのはまだまだ早い。

ぜひ、興味のある方は、金華山黄金山神社への参拝や参籠はいかがでしょうか。