追加の書類提出と友達との再会

昨日、ちょっと忙しい一日だった。

まず、午前中に川崎駅周辺に行って、法務局で帰化申請の追加書類を提出した。これは、担当係が依頼した書類だから、今回は本当に最後の書類である可能性がある。まだ法務省に提出されていないので、また依頼される可能性も十分あるが、これも一つの節目と言えよう。

池の周りの桜と池上のボートそして、同時に出国についてのことを話した。今年後半にはアメリカに行くべきことがあるが、申請の過程ではもう日本人になっていないと思うべきであるそうだ。一方、イギリス国籍を離脱するために、パスポートをイギリスへ送らなければならない。つまり、数ヶ月パスポートなしになる。担当係によると、そうなれば、法務省から指示が出れば、海外旅行のために最後の手続きをちょっと延期できるそうだ。それで、本当に良かった。

午後は、吉祥寺に行って、11年前の日本語学校時代の友達と2年ぶりに会った。この方は、母国で日本語先生になっているし、塾を経営しているのが、素晴らしいと思う。懐かしい話はできたし、昨日の首都圏の天気はお花見にぴったりだったので、井の頭公園に行って、桜を見た。私は、首都圏はもう10年間だが、吉祥寺は初めてだった。やはり、面白い街だし、公園の桜も綺麗だ。

重要な用事ができたし、楽しい時間も過ごせたので、充実した一日だった。

名前を漢字にする実践的な理由

先日、特定健診の関係で病院に行くことになった。地元の病院からの紹介状を持って、私立の総合病院に行った。その病院は初めてだったので、申込書を記入して、診察券を作成してもらった。長く待つことになったが、その途中で事務員に呼び出された。

「診察券を見てもいいですか?ここでの名前は間違いないですか?」「デビト」と書いてあったので、間違い無いと言った。「ただし、お医者さんからの紹介状には「デビット」と書いてあります。」

これはよくあること。保険証に「デビト」と書いてあるし、私が記入すればいつも「デビト」と書くが、それでもお医者さんが自分勝手な表記にしてしまう。実は、「デビト」の表記でも、岡崎市の職員の自分勝手な表記にすぎない。しかし、それは外国人登録証明書に書いてあったので、その表記は証明できる表記になったので、方針として、どこでも使うようになった。それでも、彼方此方で様々な表記になってしまう。ローマ字で表記するところを除けば、「デビト」、「デビット」、「デビド」、「デイビッド」、「デイビット」などなどがある。

見た目で、私は帰化したかどうか分かり得ない。それに、保険証は帰化しても原則として変わらない。(名前が変わらない限り。)だから、カタカナの名前のままで帰化すれば、これからもずっと名前の表記がバラバラになる。いままで大した問題は起こっていないが、名前の表記が一致しない理由で問題が十分起こり得るだろう。それを防ぐためにも、名前を漢字表記にする。漢字で表記すべきであれば、まずは覚えてもらう可能性は高い。そして、ジムをする人が勝手に漢字を変えたり、カタカナに書き換えたりすることはないとも思う。日本人の場合、そうすれば大変失礼であるので、選択肢として思い浮かばない。カタカナは、ただ外国語の言葉の表記だから、一応当てれば、なんでも良いとの認識は少なくないようだ。

苗字は、この観点から見れば大丈夫だ。「チャート」を別な表記で表そうとしても、選択肢は思い浮かばないからだと思う。だから、苗字をカタカナのままにしても、問題が発生するとは思わない。ひらがなで表記すれば、「ちゃあと」になるので、変に見える。(だから真由喜も常にカタカナで書く。)「チャート」は安全だ。

ただし、住基ネットのカードを発行したほうが良いと思う。私の名前は本当に漢字で表記されることは信じてくれない人に会うかと思う。その場合、身分証明書を出せれば助かるよね。

帰化申請

昨日、帰化する許可を正式に申請した。

仕事から法務局に向かって、法務局でゆり子と合流する予定だったが、ゆり子の仕事がちょっと長引いたので、ゆり子が着く前に担当官が出て、面接を始めた。

まず、私から申請資料を受け取って、一人で「戸籍・国籍相談室」に入った。そして、20分程度書類を確認した。終わったら、ゆり子が到着したが、先に私と話すことになった。前にも述べたが、この面接で夫と妻を別々で話す。その目的は、偽造婚をあぶり出す為であるそうだ。

私との話は、基本的に書類に沿って進んだ。冒頭で、「イギリスの国籍を離脱してもいいですか?」と真剣に尋ねられた。イギリスの国籍を放棄して、日本の国籍を取得する意思はちょっと信じ難かったようだった。書類の確認に入れば、書類はやはりまだちょっと不足していた。平成25年分の確定申告の写しも欲しいそうだし、ゆり子の在勤証明書は間に合わなかったのでその話もあったし、私の在勤証明書に私の住所と名前を会社名のところに書きそびれたし、戸籍関係で私の家族の書類はさらに必要になったなどだった。私の出生地も話題になった。イギリスの何州だったかは問題だった。今はマンチェスター州だが、当時は再編の前だったので、もしかして別な州だったかもしれない。しかし、その点は、担当官が調べてくれるそうだ。重要なのは、イギリス政府が思うことではなく、日本政府のことだからである。

書類確認をしてから、履歴書に沿って話が進んだ。履歴書に書いた事項についての背景や詳細についての話だった。例えば、川崎市外国人市民代表者会議をどうやって入ったかとか、日本論理検定協会はどういう仕事だったなどの簡単な質問だった。そして、ゆり子と出会った状況や結婚までの経緯についての質問はもちろんあった。真由喜が日本の学校に通っていることで、「インターナショナルスクールに通わさないか」と聞いたが、学費の規模を教えたら、すぐに納得できた。真由喜との話は、私が英語で、真由喜が日本語で話すことを言ったら、面白がっていた。このような質問は、真由喜の日本語力を一応把握するためだったろう。条件ではないが、真由喜には日本語ができなかったら、ちょっと問題視される可能性がある。

初耳の話は、戸籍の筆頭者を選ぶことだった。それはわからなかった。もちろん、ゆり子とまだ話していなかったので、その決断を後回しした。私の面接には、約45分がかかった。そして、私がロビーに戻って、ゆり子が入った。

ゆり子の面接は20分弱だったかな。後でゆり子に聞いたら、全然面接っぽくなかったそうだ。もちろん、出会いと結婚への経緯について話したが、他の話題は「イギリスの国籍を離脱してもいいのかな」とか、ゆり子のご両親はイギリス人との結婚をどう思ったかとか、帰化後の苗字などについてだったそうだ。真由喜が漢字に猛烈に反対したことがでたそうだが、担当官もカタカナの苗字に賛成したという。つまり、リラックスした雰囲気だったようだ。その理由の一つは、私たちの結婚はそもそも疑わしくないことであると思うが、その上リラックスした雰囲気で思わず本当のことをいうことは多いので、偽造婚を発覚する戦略でもあっただろう。ゆり子の面接が終わったら、私がまた部屋に入った。

宣誓書や申請書に署名した。そして、担当官が申請を受理した。

受付番号を発行しに行っていた間に、私とゆり子が戸籍の筆頭者のことを話し合って、決めた。生活には影響はないことだろうと思ったので、結局気持ちで決めた。

これから、審査が本格的に始まるそうだ。法務局からの質問があれば、私に電話するそうだし、追加書類を依頼することも同じだ。今日必要とした書類は、四月末までに提出して欲しいと言ったので、もしかしてその頃法務省に回すつもりだろう。

ところで、帰化の許可を得れる場合の名前を決めた。「チャート出意人」にした。

帰化の第二回の面接

昨日、また法務局の川崎支局に行ってきた。二回目の帰化についての面接だった。前回、必要な書類を教えて貰ったので、それからの2ヶ月あまりでその書類を集めてきた。今日提出するかもしれないと思っていたが、それは勘違いだった。今日は、一次の担当者に書類を確認してもらうためだった。そのため、山ほどの書類を往復で持っていた。重かったな。

四つのA4の封筒発行してもらう書類がそろったら、記入する書類の作成やコピー作りにした。それは丸二日がかかった。履歴書を書き込むのに時間がかかったし、動機書はパソコンで草案を用意したが、提出する動機書は自筆ではないとダメだから、書き写しした。そのほか、親族概要や生計概要の書類もあった。それに添える書類も多いので、コピーを用意した。スナップ写真以外、何でもかんでもは2部だから、それでコピーが必要となる。そして、私は控えとして一式が欲しいので、また1部を用意した。その上、提出できない書類を担当者に見せることになるので、それもコピーしてから用意した。提出できない書類は、例えばパスポート、在留カード、銀行通帳などだ。担当者が原本と写しを見比べて、ゴム印で確認を証明する。全ての書類は、写真の通りになった。

面接の時間より早く着いたが、ちょっと早めに始めさせてもらった。書類を出して、担当者と確認した。一枚一枚めくりながら、書類の種類を確認した。一次の担当者は、書類の内容を確認しないそうだ。それは次の担当官の仕事であるという。一次の担当者は、形式は正しいかどうか、そして必要な書類は揃っているかどうかを確認する。

私はまだ国籍証明書は持っていない。私がイギリス大使館から聞いた話と法務局が聞いた話は違うので、私はまた大使館にメールをだして、究明する。担当者が言うのは、本当に発行しないなら、法務省で一般の対策を決めなければならないので、厳密に確認したいそうだ。それはそうだね。イギリスが発行しないなら、要求できないが、何かが必要になる。イギリスが発行するのは、パスポートしかないようだから、これはどうなるかは分からない。

そして、給与証明書は必要だ。ゆり子のアートフェア東京のバイトの証明書と、私の収入の証明書。私の収入の証明書は、自分で証明するそうだ。それはちょっと不思議だが、紙に記入して押印することはできるので、問題ではない。

それだけだから、次回から担当官と面接することになっている。次回は2週間後、ゆり子と一緒に行く。妻と一緒に行く理由は、偽造婚をあぶり出すためであるそうだ。

私がもらった資料から明らかではななかったことは二つわかった。

一つは、パスポートの和訳はもしかして不要であることだ。確かに英語の書類だが、山ほど見るので、パスポートぐらいがわかるそうだ。もう一つは、銀行口座の通帳のコピーを提出しなかればならないが、指定口座のために開いた口座は、大した金額ではなければ、提出しなくても良い。「税務署ではないからですね」と私が言ったら、「その通り」と担当者が答えた。生活の基盤を証明するために提出するので、数万円程度が他の口座に入っても、問題にはならない。数十万だったら、提出したほうがいいと思うが、些細な金額は気にならない。最後に、スナップ写真は1枚ずつでよい。2部は不要だそうだ。スナップ写真は、法務省に提出するそうだ。法務局の担当官は本人と会うので、雰囲気がわかるが、法務省で判断する人はそうしない。スナップ写真はそれを補うためだそうだ。

そして、新しい話だったが、審査と協力しない理由で帰化を拒否することができるそうだ。だから、これから様々な依頼が出てくる可能性は高いが、従うように戒められた。もちろん、従う。帰化する権利は全くないし、何かを依頼するときに、下される人の条件に従うべきである。これからかなりの時間がかかるので、担当官との面接をなるべく早く済ませるように促された。その面接は、書類確認には一時間、妻との面接は一時間、そして私との面接は一時間だそうだ。ちょっと長いが、ゆり子の面接の間に本を読むつもりだ。(偽造婚対策だから、別々で面接するに違いない。)

担当者の話によると、長くこの仕事をしたが、二回目の面接で書類の全てが揃ったのは初めてだそうだ。ちょっと驚いた。確かに、私は書類の用意を難しく感じないが、説明に従うと自然に揃うので、前例があるはずだと思った。皆様、帰化を申請すれば、説明にちゃんと従ってね。